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彼女がわたしにくれたもの【note創作大賞】

看護師になり6年目。
余命宣告をされた患者様の「残りの人生を豊かにしたい」建前のような志望動機で訪問看護に入社した。
病院で積極的な治療を終え、在宅に戻る患者様は、
「癌末期」がほとんどだ。
私には、看取りを学ばなければいけない理由があった。

入社してすぐだった。
私と2つの共通点がある、ある患者様に出会った。

毎週火曜日、14時30分。彼女の玄関近くになるとレコードからビートルズの音楽が聞こえる。76歳でこんなベリーショートが似合う人がいるのかと思うほど若々しく、煌めく真珠のピアスでさえも、彼女を引き立たせた。
「あら、あなた私と同じ名前!今時珍しいわね。」
屈託ない笑顔で話す彼女は、私の第二の祖母のようだった。全身疼痛部分なく、活発な彼女は、週1回30分の訪問時間で1週間の出来事を話してくれる。もう30分経ったの、と寂しげな顔をする彼女を見ると、余命が迫っていることは忘れてしまう。

赤の他人では壁があるからこそ、私は信頼関係を築いてから彼女の本音をしっかり聞き取ろうと思っていた。

6度目の訪問。冗談話だけではなく、そろそろ彼女と真正面から向き合うべきだ。

「今の楽しみは何ですか。」
「そうねえ。今はお花の絵を描くことが楽しいわ。」
「じゃあ、これからしてみたいことは何ですか。」
「春になれば桜を描いて、夏になれば向日葵を描いて。このまま自分の好きなことをしていたいわ。」
「なるほど・・・。じゃあ会いたい人はいますか。」
「もう夫も亡くなったし、月1回は娘が来るからね。特にいないわ。」
看護師ができること、私ができること、無いのかな。

「私ね、最期まで頑張るから。酸素も点滴もするの。だから、あなたも私のように頑張るのよ。」
じっと私の顔を見て、彼女が発した。

「どのように、最期を迎えたいですか」
私がなかなか出来なかった最後の質問に、
彼女は自身から答えた。
ある1点を見つめながら、自分で頷きながら話す彼女。
彼女が自分自身と話しているような、
それを私はただ横で見ているような。

末期癌を患い、余命が近づいている76歳にしては、珍しい決断だ。他の方々は「もう頑張ったから最期は苦しみたくないの。」というのに。

あの日も、いつものように
「また来週ね。しっかりご飯食べててよ!」
「食欲はすごいんだから!太って待ってるわね。」
なんて会話したところだ。

7日後に訪問した時には、全身大量の管で繋がれた彼女が眠っていた。
医師より、長くて残り1週間だと。
今まで様々な方を看取ってきた。癌は一気に進行する。わかっていたはずなのに。

その日から彼女の訪問は毎日に変わった。
私の手を握る彼女の力は、日に日に弱くなる。
声を掛けても反応は無くなる。
変形してゆく彼女の身体に、増えてゆく管。
体温はあるのに、ただ其処で静かに眠っているだけ。

もう少し、もう少し頑張ろうね。大丈夫。
何度も繰り返したが、返答が来ることは一度もなかった。

顔面蒼白な彼女に、1ヶ月前の元気はもう無かった。
得意げに奇跡を信じていた彼女に、死は残酷にも前触れなく突然現れる。最期くらい、痛い思いなんてせず眠っていたくは無かったのか。

正しい別れは分からなかった。
ただ、最期まで戦う彼女をかっこいいと思った。
そして「あなたも私のように頑張るのよ。」との一文が、脳裏に焼き付いていた。


「膵臓癌 ステージⅣ」。
彼女と私の、2つ目の共通点。

お話が大好きな彼女は、他の看護師の結婚式の日程や、新しく入ってきた看護師の名前までしっかり覚えていた。私が訪問しなければ、後輩に「あの子、大丈夫なの。」と患者様である彼女が心配するほどだ。私が入退院を繰り返していることから、きっと彼女は私のことも薄々気づいていたかもしれない。

花の絵を描き渡してくれた彼女に、入院中、私も花の絵を描き彼女に渡した。
「ここの色はもう少し黒を混ぜないと。」と初心者の私に指摘しながらも、次の訪問時には額装していた彼女。
採血結果を確認する時は、一段と声を高くする彼女。
髪をバッサリ切った私に、心配の声をかける彼女。

他人である私が、「看護師」という肩書きを借り、
彼女と真正面からぶつかることで、
彼女の残りの人生を自分と同化させようとしていた。

心の底では、「もう頑張ったでしょう、私。」と
治療にも、人生にも諦めていた。
「死にたいなんて簡単に言うなよ」と、
「あの映画を見て泣いても、次の日みんな忘れてるでしょう」と、すぐに皮肉な考えを持つ自分が、
凄く嫌いだった。
残りが少ないから、
と自分の人生に沢山の付箋をつけていた。
だが、付箋だらけの私の人生は何が大事か混迷していて、もはや付箋のせいで前に進めていなかった。

最後の質問ができなかった私に、
もう自分の人生を諦めている私に、
彼女は手本を見せてくれた。
そして私に、奮闘する勇気を与えてくれた。

彼女と出逢えたことは、いつでも読み返せる、
人生のしおりになったようだった。

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門
#自分で選んでよかったこと

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