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短編小説

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短いお話をまとめています。 小説だけでなく、詩など様々なジャンルで書いてます。
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【詩】 煙と風と午前三時

開けた窓から手を伸ばす 車内にゆるりと漂っていた煙は 友を見つけた子供のように 一緒に外へ流れて消えた、午前三時 ため息をついたらわたしからも同じ煙が吐き出されて またひとり、友が去っていった 午前三時の風は気分屋で 今日は機嫌がいいようだ 心地いいくらいの温度だし 靄の帳を下ろしてくれた 窓越しに見えるは遠い電灯 これからわたしは遠い国へ行くのね、と 少し気取ってみたりする ちっとも遠い国なんてことはないのだけれど 煙と風と午前三時に 妄想を少

【詩】生に触れるということは

生に触れるということは 死に触れるということだった 生に小指の先でも付けてしまえば 死はその指を決して離しはしない それは夕間暮れに 地面に落ちる影法師の如く 生に触れるということは 孤独に触れるということであった 人は信じ、これを裏切るのもまた人だ 然しそれでも、人は信じる それ故、孤独の伴侶は自由である 生に触れるということは 永遠に触れるということだった 例えば何処かで老人が その身を管で繋がれて めいっぱい生を感じるように 例えば何処かで乳飲み子が め

【詩】ぜんまいを巻いて

その機械仕掛けの人形は ただ一切の無駄もなく 臓器と言う名の歯車を回し 思考することもない 欠陥品の人形であった その人形を掘り起こした手があった 瓦落多を掻き分け 人形を掘り起こした手は 淀みのない澄んだ水の如く それはそれは潔いものだった 然し澄んだ水と泥水が溶合えば 濁った灰色の水となり 覆水盆に返らざる それでも優しく人形を包む その手は優しさを連れてくる その手は苦しみを連れてくる それでもその手にしがみつく 優しいその手にしがみつく これが生き

【詩】愉快な穀潰し

今日もただ時間を食む わたしは穀潰しである ていねいに紙で巻かれた毒を食む わたしは憂いを手に入れる 代償に差し出すのは時間であり わたしは憂いを食み 生き永らえる 今日の空の色すらに 一顧を与えることもなく その毒をわたしという物体が 蛭のように啜っているとき 先程少し見上げた空は 今にも泣き出しそうなもので その空の中を 飛行機は背中を丸めて 何処か遠い国へしぶしぶ 向かっていったのだった ああ、この時のなんと 愉快だったことか 彼は「ぼくにもそれを分けてく

【短編小説】「あと、未来をひとつください」

1月の外気は夜勤明けの身体に痛いほど沁みる。 「今が寒さのピークですよ」と言わんばかりの年末の雰囲気が過ぎ去った年明けの街を歩いていると、なんだかんだ1、2月が一番寒いんだよなということを思い出させられる。 陽の光が昇りきった朝の空気の中、赤くなっているであろう鼻をマフラーにうずめて帰りの電車を待っていた。 漏れ出る白い息を何気なしに目で追っていると、向かいのホームに振袖や袴、スーツを着た若者が多いことに気が付く。 そうか、今日は成人の日だった。 仕事が土日祝日も関係ないシ

【短編小説】 anemone

深夜を回ってすぐ、インターホンが鳴った。 この時間の来訪者なんて思いつくのは一人しかいない。 「寝た振りでもして出るのやめようか」とか、「でも電気ついてるのバレてるし出るしかないか」とかそんなことを3秒くらい考えた後、ものすごく重い腰を上げてため息混じりに玄関に向かった。 がちゃり。と鍵を開ければやっぱりそこにいたのは想像通りの人物で。 「いやあ、ごめんごめん。先に連絡しようとは思ってたんだよ、本当に。」 「まだ何も言ってないですけど。」 「だってそういう顔してるじゃん」

【短編小説】 冬、邂逅

冬が電車に乗って行った。 ぼくは「ああ、行ってしまったな」と思ったので、駅のホームにジャケットを脱ぎ捨てた。 ぼくの乗る予定の電車がホームに入ってくる。 冬を連れ去った電車が走っていった方向から。 降りてくる人の群れに逆らって、ぼくは電車に乗り込んだ。 座った席から、ぼくのジャケットがホームの駅に座っているのが見えた。 「じゃあね。」とそいつが言うので、ぼくも手を振った。 扉が閉まり、ゆっくりと電車が動き出す。 がたんがたん。 ぼくはこれからこの電車がどこへ行くのか確認し