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短編

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#短編

大きな鳥と生活している。大きな、というのは、大型の鸚鵡とか、梟とか、そういうことではなくて、例えばわたしは夜は彼のふんわりとした白いおなかに包まれて眠る。人間のベッドになるほど大きな鳥。彼は元は人間らしいのだけど、魔女の怒りをかったとかで呪われて、鳥になったらしい。御伽噺だったら愛をみつけて呪いが解けるなんてこともあるでしょうが、現実なかなかそうはいかないみたいだ。それとも、わたしと、鳥とのあいだ

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いつからこの男は珈琲なんて飲むようになったのだろう。日曜日の日中、いちばん暑い時間帯だというのに、都会の中心地にあるその喫茶店には運良く並ばずして入店できた。こぢんまりとした空間に所狭しと木製のテーブルが並べられており、ご婦人方のガヤガヤとした話し声が響き渡っている。目の前の久方ぶりに会った弟はグラスの氷をストローでカラカラと鳴らしながらなにやら考え深げな表情をしていた。もっとも、そういう顔をして

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愛犬家

モシッ
帰宅し鍵を閉めた瞬間耳に障る、人間の声に似た低音が目前の暗闇から鳴って身体を硬くした。飼い犬(以下リチャードと名前で記す)以外は誰もいないはずの空間である。泥棒。不審者。強姦魔。質素な暮らしの独身男性(プラス1匹)の安マンションに?肉声にしては随分とザラついたその音に更なる疑念と不安が腹に広がるのを感じる。宇宙人。幽霊。そうだ、この盆は墓参りに行かなかった。化けで出る元気のあるような婆さん

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魚の子

「子の一人でもできていればな」と言った王の言葉はもっともで、そのため姫は真っ当に傷つくこととなった。

姫や王をはじめ、竜宮城に住む者の中には人間と同じ姿形をした者もあったが、生まれたときには魚の姿、成長するにつれ手足が生え、目に意思が宿り尻尾は引っ込む。生物学的に言えば魚の方に近く、人間の浦島と子を成すことが無かったのはそのせいだったのかもしれない。

「それにしても、あんな男。運が悪かったので

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iについて

一般的な単行本よりはひと回り小さいその本を眺める。薄い水色の表紙は撫でると硬く、ひんやりとしている。自費出版なので装丁にもこだわることができるのだろう。タイトルが金色の文字で入っている。著者名は英小文字の"i"一文字のみ。本名が"愛"なのだ。
「"i"ってやっぱり虚しいもの?」
初対面で僕が理系だと知ったiは尋ねた。虚数iと一般名詞の愛と、そして自分の名前をかけたジョークだったのだろう。
「たとえ

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