喫茶店百景-日替りとかおすすめとか-
私が勤務する事務所の階下にはいくつかの飲食店テナントがあり、そのうちのひとつにコーヒーショップがある。あまり好みのタイプの店ではないこともあって、ほとんど利用したことはないのだけれど、通りがかるときに看板が目に入った。「本日の日替りコーヒー」何々、と書かれていた。
この店は大型の焙煎機器を持っている。
自家焙煎のコーヒーを出す店の多くは、そのスケジュールに沿って、あるいは鮮度によって扱う豆の提供を調整しているはずで、それは在庫を回転させまんべんなく売るといった意味でいい方法のひとつなのだろうとおもう。(余計なことだけど、飲食店における「おすすめ」「日替り」というのは、店のこだわりや自信作というケースと、だぶついた材料の使い切りといったケースとの、大方どちらかだと勝手な解釈をしている。)
ところで焙煎のスケジュール、豆の鮮度と言っても、すべてにおいて焼き立てがベストの状態というわけでもないらしい。父なんかは焙煎したてはガスが抜け切れていないから、少なくとも24時間くらいはおいた方がいいと言っていた。試しに焼き立ての豆を挽いてドリップしたものを飲ませてもらったことがあったけれど、尖った味わいがあった。
量り売りで買い求めたとき、飲み頃の日にちを表記している店なんかもある。焙煎の度合いや豆の品種などにもよるだろうし、こういったところも店ごとの性格があるということみたいだ。
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ずっと前に、父が学生時代にアルバイトをしていたという久留米市の喫茶店に連れて行ってもらったことがあった。ここも自家焙煎のコーヒーを売りにしていて、オリジナルブレンドの他に、たくさんの種類の銘柄をストレートで提供していた。メニューの下部には「おかわり半額」と書かれていた。
コーヒーは飲みきってしまったけれど、まだもう少しゆっくり過ごしたいな、とおもうとき、2杯目が半値ならずいぶん頼みやすいとおもう。店側からしても、回転しなくとも2杯目の注文がくるというのは半値であってもありがたい。その店では、1杯目と違う銘柄を選んでもよかったから、味を試すのにもいいシステムだな、とおもった。
父母の後輩の喫茶店でも、日替りのコーヒーを書いて見せていて、こういうのは豆の回転の他、あまり知られていない銘柄をアピールするのにもいいとおもう。
どこだったかの店の看板には、「雨の日コーヒーのおかわり無料」という文字を見たこともあった。外に出るのがおっくうな天気の日、客の足をすこしでも向かわせようというのだろう。確かに雨の日の喫茶店なんていうのは(父の店だけかもしれないが)すごく暇だった。
こういうのを目にするたびに、父に言った。オトーサンもこういうのをやればいいのに、と。父はだいたいいつも、そうやなあと気のない返事をした。
そしてとうとう父はひとつもやらなかった。
それどころか常連の客には無料でおかわりを注ぐこともよくあったし、焼いた豆の日にちが経ってくれば、私に持たせるなどしていた。時代の流れで物価が上がっても、値上げに踏み切ることがほとんどできなかった。
おいしいコーヒーを作り出せるというのが父の人生における(ほとんど唯一と言っていいほどの)達成だとおもうんだけど、こういうところでうまく立ち回れなかったというのは不幸だったかもしれない。
まあでも、それが父であり、父の人生である。
いつも飲んでいる父のオリジナルブレンドコーヒーをずず、とすすりながら、そんなことをおもった。
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