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緊張から得られる効用

 ジャズピアニストの山下洋輔氏と脳科学者の茂木健一郎氏の共著を読みながら、AmazonMusicライブラリに入っているジャズのアルバムを聴いていた(誰のどのアルバムだったっけな)。それは先週の、五島航路の船のなかでのことだった。

 父がジャズを愛好していたことから、小さなころからその音楽がわりと身近にあったにもかかわらず、ここ最近になるまではなんとなく、好きになれずにいた。最近その、あまり好きになれずにいた理由みたいなものが少しずつわかってきたような気がする。
 ひとつは、父の好みが偏っていたことと、アップデートがされていないこと。たぶん父がずっと若いころは、親しい友人たちにも愛好者が多く、ラジオからもしょっちゅう好きなジャズやロックが流れてくるし、欲しいレコードは山のようにあり、行きつけのレコード屋が近所にあって、彼を取り巻く音楽方面の環境は、それなりに恵まれていたんだとおもう。
 それがいつの頃からか、音楽の好みの合う友人をなくしたり、レコード屋は経営がむずかしく閉店してしまい、ラジオで選ばれる曲はどんどん父の耳には馴染まない系統のものになっていって、情報の更新がされなくなって手持ちのレコードを繰り返し聴く日々がやってきた。
 私が小さいころから、店を手伝ったりして父と過ごす時間が増えたあたりまで、父が店で流すレコードというのはある程度パターン化していた。それを不快にまではおもわなくても、流れる音楽が日常化し過ぎて興味をひかれるところまではいかなかった。それくらい、いつもだいたい決まったものが流れていた。
 最近になって、父が熱心に聴いていた時代のものからでも、彼が愛好するものの他にももっと多くのミュージシャンたちの、もっと多くの演奏があるのを知ってからは、以前よりも興味が増えた。
 もうひとつは、ジャズのおもしろい部分に注目できていなかったところ。クラシックやポップミュージックなどと違って、ジャズには次にどんな音が、どんなリズムで、どういうタイミングでやってくるのかわからないところがある。それは、そういうものを全く知らなかった幼い時分にはとても不安定さを感じ、ソワソワと落ち着かない気分にさせ、それが不安要素みたいになって好きになれずにいたのかもしれない。今となってはその、あまり聴いたことのないような和音とか、色んな国のリズムとかを聴けることに、胸が高まるようなところがある。

 冒頭に挙げた本には、即興性についてのお二人の体験談やそれぞれの視点が語られていて、それでイヤフォンから聴こえる音楽と本の内容が重なって、こういうことをぼつぼつと考えた。

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 つまりこれは、未知のものに出合ったときに感じる類のものだろう。知らないものを目の当たりにしたときにとる態度はいくつかあるけれど、それがたのしいもの、興味を惹かれるもの、心が動かされるもののような場合には、気分が高揚する。そうでない場合は、ストレスとなって、避けたくなるのだろうけれど今回はワクワク方面の話。
 だいたい私は、安心できない状態は得意ではなかった。居心地のよくない人がそばにいるとその場から逃げ出したくなるし、落ち着かない環境に身を置き続けることもできないし、人前に出ると緊張し、お化け屋敷みたいなものも好きじゃなかった(これは今でも特に好きではないが)。ちょっと普段と違うことがあると、ストレスになっていたのだとおもう。要するに臆病なのだろう。
 いつの時点でどう変化があったのかはっきりとはわからないけれど、今だったら不快におもうような人を観察しておもしろがったり、なぜその環境が落ち着かないのか探ってみて、それで何か見つけられたらいいと考えられるくらいにはなった。図々しくなったのかもしれない。人前に出ることとお化け屋敷はいまだに苦手だけれど、吐きそうになってでもいつかはちょっとくらい人前に出られるようになりたいという気もちが、少しはある。知らないこと、わからないことは負担やストレスとなるから敬遠しちゃうんだろうけれど、そこを超えてみるとおもしろいことがあるのかもしれないのだから、何か得られるのだとしたら覗いてみたい。

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 こういうことを考えていて、誰かをドキッとさせるような人になりたいなどとおもった。写真でも文章でもいい。そのために、たくさんの音や、言葉や、人や、景色や、文化や、物事や、そこらじゅうにあるものを知りたいし、いっぱい見聞きして、どんどん抽斗にため込んでおきたいとおもう。

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今日のひとこと:ところで、最近の父は連載を書くために所有しているレコードの山をかき分けて「こんなのもあった!」と、パターンには入らなかったけどわりと好きだったあれこれを出すようになってきました。それでまた忘れていた思い出なんかもあったりして、本人もなかなか楽しんでいるようです。よかった。

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