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塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えてシリーズ

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以前にnoteで公開したお仕事小説「ワーク、アフェア、ジョブ」をリメイクしたものです。読み返して自分に刺さったので、もっと納得いく形に推敲を追加で重ねた物です。ストーリーの流れは…
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2022年8月の記事一覧

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:エピローグ「展望のきく地を遥かに去って」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:エピローグ「展望のきく地を遥かに去って」

      “2021年 嘱望”

 塚山りりかがズレてきたマスクの位置を直すと、手に持ったケーキがかさりと音を立てた。地元で定番のチェーン店が始めていたテイクアウトメニューに、季節のケーキが加わったので、それを楽しみに帰る所だ。

 心なしか足取りは軽いが、徹夜明けである事には変わりない。
 緊急手術をフルPPEで対応できるようになってから、それらを着用した手術が入るようになった。ただでさえガウ

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第5章「共存と確執は静かに同居する」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第5章「共存と確執は静かに同居する」

       “2020年 慣性”

 伊治原京子はすっかりひと気のなくなった記録室で、自分の机に座っていつものように麻酔学会誌を読んでいた。隣では熊田が電子カルテを操作している。

伊治原は部下と看護師からのパワハラを訴えて以来、ついには瑠偉を完全に手術室へ出入り禁止にしていた。にも関わらず、スタッフたちには無邪気に話しかけてくるのだった。人手がなく忙しいから協力していただきたい、と。

 
 

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その3「言葉は使い方次第」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その3「言葉は使い方次第」

       ”2020年 鎮火“

 下根が来なくなってしばらくして、斉藤がまた病んで出勤できなくなった。そして、伊治原麻酔科部長から出勤するか退職するよう迫られた、と手術室看護師たちは瑠偉から伝え聞いた。

 n95マスクとゴーグルを装着しての気管挿管介助に慣れた頃、りりかが記録室で電子カルテを見ていると、瑠偉が伊治原に対して麻酔手技の根拠と手順について意見しているのがドアごしにうっすら聞こえ

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その2「激変した世界と付き合うには」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その2「激変した世界と付き合うには」

      ”2020年 憤激“

「ええ~?挿管と抜管の時にn95とゴーグルをつけるんですか?」
マニュアルの読み合わせをしていると、静男が、まさか!冗談でしょう、というような反応を見せた。
それもそのはず。n95マスクを装着する手術など、結核患者の対応以外に経験が無かった。しかも数年に一回有るか無いかの頻度だ。しかし、気管挿管や抜管の際にエアロゾルが発生するとなっては、そのようにして感染対策を

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その1「狼煙を上げてみたものの」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第4章その1「狼煙を上げてみたものの」

       “2020年 賽は投げられた”
 この病院の手術室の感染対策を任されている斉藤が、熊田主任と共に、インターネットで拾い上げて来た各学会の感染対策情報を整理して久しい。
「いやー先生がいて助かるわー。私だけだとこんなに症例報告とか集められないもの」
 熊田はにこにこしながら斉藤を労っていた。ここ最近の手術室の急激な変化に、斉藤はまた休みがちになっていたのだ。今は、収まったとはいえ、次の

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【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第3章その2「制限と|伴《とも》に」

【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第3章その2「制限と|伴《とも》に」

     “2020年 波紋”

 「砂肝さんも子どもたちの学校が休校になるので休みになります」
終礼報告で砂肝から連絡を受けたりりかが告げると、スタッフたちはざわついた。そこに感染対策室からの手術制限の通知を熊田と斉藤が告げるとさらにざわついた。
「手術制限?じゃ、オレたちは何をするんだ?」
静男が抗議するように声を上げると、熊田は続きを聞くようにと目配せした。

「と、いうわけで院内応援に行く

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