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積乱雲読#01『東京日記7 館内すべてお雛さま。』

川上弘美という作家に初めて出会ったのは、高校の図書室だった。

その時に読んだのが『光ってみえるもの、あれは』(2003年刊 中央公論新社)である。その世界観がとても気に入った僕は、夏休みの読書感想文の題材にするそのつもりで、2冊目に『溺レる』を読んで、「え? なんか全然違う」と、戸惑った。

後で分かったことなのだが、『光ってみえるもの、あれは』のように主人公が高校生男子という方が川上作品の中ではかなりレアで、『蛇を踏む』とか『センセイの鞄』、『神様』といった代表作は長編も短編も、多くは大人の女性が中心人物として置かれるのだった。川上作品では、『光ってみえるもの、あれは』の他にも、短編集『パスタマシーンの幽霊』や『おめでとう』なんかも好きなのだが、特に好きなのが、本当のことなのか、それともフィクションの出来事なのか、絶妙にわかりにくいエッセイの類である。

中でもシリーズ化して、現在7冊目に至っているのが『東京日記』シリーズである。これは雑誌やweb上で川上が公開したエッセイとも小説とも日記ともつかない微妙な何かを単行本化したもの。最新刊(と言っても、2023年3月刊)を買ったまま積んでおいてしまったのを、この度ようやく読むに至ったのだった。

日常生活における失敗、他の人にとっては当たり前のことでもどうしても気になってしまったこと、友人や仕事関係の人とした不思議な話、酒に関係する話(どうやら結構な酒好きらしい)などなどが並び立てられているということに変わりはないのだが、そこにいつもとの大きな違いがあった。

それが『コロナ禍』である。

だんだんとコロナが忍び寄ってきて、緊急事態宣言などを始めとして日常生活が制限されていく様子、初めてのzoomやオンライン飲み会…などなど、日常生活を書き記している作品だからこそ、読む側にもあの頃の生活が思い出される。

ここまで書いていて思い出したことがある。

この『東京日記』シリーズの3巻が発売された時、川上が東京で記念のサイン会を行うということになっていた。福岡に住んでいる僕は親しい友人にお願いをして、吉祥寺の本屋さんでサイン会の参加券付きの本を買ってもらい、サイン本を送ってもらう手筈を整えていた。

そのサイン会の予定が「2011年3月12日14時から」であった。

その後のことはご想像の通りであるが、2011年3月11日に起きた大地震の影響で、サイン会は当然中止。落ち着いてから友人と会った際に渡された本には、友人がサイン会の参加券を挟んでくれていた。

高校生の時に出会ってから、思えば川上作品とともに生きてきた。もう20年の付き合いになる。川上ももう65歳でベテランの域に達しているが、小説にエッセイに、そして俳句にとこれからも様々な川上作品と、人生を共にできればと思う。

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