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バランス良く趣味を楽しむ人が成功する訳~趣味の見方が変わる話~

こんにちは!

今回はコーチングにおける『趣味』について、その重要性をお伝えしていこうと思います。

なぜ趣味が大切なのか?

趣味が単に人生を充実させるだけではなく、実は仕事にも社会貢献にも、教育にも良い影響を与える理由を解説します。

それではどうぞ。

趣味の重要性

最初に趣味というものをコーチング理論的に定義しておきたいと思います。

コーチングにおける趣味とは「止められてもやりたいことで、誰の役にも立たないこと」とされています。

例えば、フィギュアや模型などを集めるのが趣味という人は、分からない人からすれば「そんなに集めて何になるの?」と思われますよね(悲)

時々、趣味で集めた大切なフィギュアが奥さんによって捨てられたという悲報を耳にします。

せめてその価値を理解して売りに出してるなら慰めにもなりますが、ゴミとして捨てられてしまう事の苦痛たるや、本人や同好の士以外には理解できないんじゃないでしょうか?

まず、この段階で役に立っていないという点で趣味の定義に沿っています。

次にこのフィギュアを捨てられてしまった夫。
(なみに私は、ギターのエフェクター集めが趣味と呼べるのですが、嫁さんからは「同じものを何個も買って・・・」と呆れられています。。。)

殺風景になった部屋を見渡して、最初は傷心することでしょう。

しかし、いつしか何も無い部屋に慣れて傷が癒えて来た時に、良く見ているウェブサイトで欲しいと思っていたフィギュアを見つけます。

奥さんからは「無駄の極み」と言われた夫は、はじめは購入を躊躇します。

しかし、何度も見ているうちに「カッコいいなぁ〜」、「このギミックとかたまらない」、「欲しいなぁ」とボソボソと呟きます。

そして、居ても立っても居られず、奥さんには内緒でポチっと購入して、今度は見つからない場所に隠してフィギュアを楽しむ生活が始まります。

もし奥さんにバレて買うことを止められたとしても、本当にフィギュアが好きだとすれば、また買ってしまうでしょう。

世間ではこうした夫の趣味の実態について、如何にもダメな夫というようなニュアンスを伝えてきますが、まるで趣味の事が理解できていないなぁと思ってしまいます。めっちゃもったいないです。

一つだけ断っておくとすれば、収支のバランスが崩れてしまう程、趣味にのめり込めば良いというものでもありません。

コーチングでもバランスホイールという概念があります。

趣味も仕事も家計のゴールもバランス良く設定される事がポイントになります。

ここでは収支のバランスが取れているにも関わらず、「誰の役にも立たない」という理由で無下にされてしまう趣味のあり方を、見直してもらうきっかけになればと思っています。

趣味が理解されない理由

さて、誰の役にも立たないことが趣味の定義です。

この夫のフィギュアを集める趣味についても、止められても集めたい、自分だけの為になるという点で立派な趣味です。

しかし、奥さんにとっては無意味な存在なのですが、それは人の趣味を自分の価値観で判定しているからそうなってしまいます。

趣味の良さは他人には分からないことだらけです。

相手の趣味を理解して一緒に楽しもうというのであれば、相手の価値観を知ろうとするのは良いことだと思います。

しかし、分かろうともしないで相手の趣味を取り上げるということは、相手の存在を否定する事にも繋がります。

相手を否定したい為に趣味を取り上げる関係であれば、直ちに離婚するなり関係を断てば良いだけです。

そうではなく、人生を共に歩みたいと思うのであれば、相手の趣味自体を理解するのではなく、趣味がある事で生まれるメリット(関係性)に注目してみましょう。

それを理解する為には、ご自身が趣味を持つことが一番ですが、今の時点で趣味と呼べるものが無い方の為に趣味を持つ事の重要性を解説していきます。

趣味の在り方が人生を豊かにするヒントになる

ようやく本題です。

趣味がなぜ重要なのかと言えば、
・趣味への情熱の向け方
・止められてもやりたいと思える行動力
・なんとか隙間を見つけて楽しもうとする工夫する力
・幸せだなぁと感じる状態
などが、実はそのまま仕事や育児、社会貢献、はたまたお金を稼ぐことなどに応用できるからです。

趣味で実際にやっていること自体は、他人にとっては無意味なものでありますが、その趣味によって培われているものが非常~に大切なのです。

人は自分の重要性により、認識できる情報が変化します。

これはRAS(網様体賦活系)という部分が、自分の重要性にとって不要な情報にフィルターをかけて、必要な情報だけを認識するようにしているからです。

簡単な例で言えば、服を着ていることを常に意識しないでいられることが挙げられます。

服の感触というのは、意識すれば分かると思いますが、意識しなければ特に気になりません。

しかし、実際皮膚は服の感触を感知していますが、RASが不要な情報ということで服の感触を意識に上げないようにしているのです。

濡れた服のままでいると不快だと思いますが、もしRASが機能せず、乾いている服でも同じように意識にずっと上がったままだと不快になると思います。

意識して重要性が変わるときちんと服の感触が分かることからも、脳が自分の重要性によって情報の取捨選択をしていることが分かると思います。

さて、そんな脳の仕組みから趣味で培われる、
・趣味への情熱の向け方
・止められてもやりたいと思える行動力
・なんとか隙間を見つけて楽しもうとする工夫する力
・幸せだなぁと感じる状態
など、これらの感覚というのは、言ってしまえば情報を最大限に重要に認識しているからできることでもあります。

五感でもそうですし、フィギュアを眺めている時の頭の中でも「カッコいい!」「美しい」「無駄がない」という無意識の言葉など、趣味(フィギュア)に対して情報を集めては評価することを繰り返して、その重要性を意識的・無意識的のどちらでも行っています。

仕事でこの感覚が活かせたら、情熱を持って相手に魅力を伝えられるでしょうし、止められてもやりたいという事は、必然的に無駄を省いて効率的にやろうとします。

「時間が無い」という言い訳は存在せず、むしろ「どうしたらできるのか?」と必死で考えるでしょう。

これらを意図的にできるように働きかけるのが、組織の運営で言えばマネジメントという事になると思います。

家庭の中で、例えば育児についても同様です。

育児に情熱があれば子育て中の葛藤に対しても能動的に対処していけるでしょう。

自分が息子が乳児だったころに、お腹もいっぱい、眠くもない、気温も良いなど、泣くような原因が無いはずなのに、泣いている状況に疲れてしまったことがありました。

当時は、泣く理由が無いのに泣く事があるということを知らず、息子が泣いていることに同調して悲しくなったりしていました(恥)

情熱的に育児をしていたとは思いませんが、大切な存在だったので自暴自棄にならずに、なぜ泣くのか?を考えていました。

そしたら、ある時に「子供は理由がなくても泣く」というのを知って、少しホッとしたことを覚えています。

もし、「なぜ泣くのか?」を能動的に考えていなかったら、そうした情報に出会うこともなかったんじゃないかなぁと思います。

他にも、息子との関わりの中で楽しもうと工夫することで、自分の場合は、一つ一つの動きや発言から、「はっ!」とさせられるほど、学びを得ています。

それから、息子が電車好きで一緒に楽しんでるうちに、自分にとっても新たな趣味として電車を観たり鉄道模型を集めたりすることが楽しくなりました。

嫁さんからは少し白い目で見られがちで辛いのですが。。。

とは言え、これらも自分の元々の趣味であるギターやエフェクター集めをしている感覚があったから出来た事だなと思います。

嫁さんもなんやかんや言いながらも、自分を尊重してくれるので、ありがたいなと思っています(のろけ)。

ちなみに、「 幸せだなぁと感じる状態」というのも凄く重要で、これについては別タイトルで記事を書きたいと思います。お楽しみに!

非効率・非合理的を許容すること

最後に一つだけ断りを入れておくと、役立つから趣味が大切ということではありません。

矛盾するような言い方になって少し混乱させてしまうかもしれません。

近年は、効率的、合理的であることが正義のように思われていますが、そうした思惑がむしろ非効率さを生んでいると思います。

徹底して無駄を省く、引き算の美学、そうした言葉があります。

効率的・合理的であろうとするために無駄を省くのではなく、その先にあるゴールを達成する為の手段として効率的・合理的という視点が必要だと思います。

少し話は反れましたが、ここでも目的と手段をはき違えないようにしたいと思います。

まとめ

趣味が無い(と言っている)人からすれば、全く理解できない世界だと思います。

もちろん、私自身も消しゴムを集めたりとかトライアスロンとかを趣味にしている人の、その趣味の内容については中々理解が難しい部分があります。

でも、その趣味を楽しんでいる状態やその人にとってその趣味がどれだけ大切なことなのかは、何となくでも共感ができると思います。

最後にまとめると、
・人の趣味を自分の価値観で理解しようとしない
・趣味を楽しむ姿勢に学べることや応用できることがたくさんある
・効率的・非効率的は目的にしない
・趣味は他のゴールとバランス良く楽しむ
これだけでも、趣味というものが楽しんでいるその人だけではなく、周囲の人にも良い影響を与えることが分かって頂けるのではないかと思います。

もし人から「なんでそんなもの集めるの?」と怪訝な顔で言われたら、基本はスルーしちゃいましょう。

その人の頭の中では「無駄なことをして!もったいない」と善意で言ってきているかもしれませんが、その心の奥では趣味を楽しむあなたが羨ましいだけです。

あなたがもし、「一緒に集めてみない?」と言えるのであれば、菩薩の心が自分にはあると、自分で自分を褒めちゃってくださいね(笑)

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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