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白土三平『忍者武芸帳 影丸伝』の「著者あとがき」(1976年)

原作漫画ではなく、アニメ映画版の『AKIRA』(1988)の途中で反政府ゲリラの女の子が語る「進化」の話(ゾウリムシが何たら)に通じるものを感じる。

あるいは『機動戦士ガンダム』の「ニュータイプ」とか。私は一つも読んでいませんが、SF小説では「進化(新人類)」のテーマは昔からあるらしい。


_生きものにとって、個と種、個人と集団の中にある矛盾ほど大きなものはあるまい。_昔、よく猫がねずみを捉(とら)え食うのを目撃したものである。最近は、テレビによって野生動物の生態記録シリーズの画面から、さまざまの動物の天敵関係にまつわる壮絶な闘争場面に接する機会にめぐまれている。_自然界における食物連鎖としてのある種のもつ宿命として、猫に食われるねずみの場合もあてはまる。そして、その日その時、命を落とした一匹のねずみにとっては、運命のいたずらとしかいえまい。しかしねずみは、その最後の瞬間まで己の運命はおろか宿命にまでさからって闘った。〔ピューマ(アメリカライオン)ビーバーとの闘いはさらに強烈な印象をあたえる〕 _この絶望的な闘いが、何故おこなわれ、まして無駄とも思える努力が、何故に客観的に存在するのだろうか? 存在するからには、それなりの意義があるはずである。それとも死の恐怖から生まれる単なる反射的なあがきの行動だとしても……、それでは、その恐怖は何のための恐怖なのだろうか? 相対的にいって、個体の存在なくして種の存在はありえない。となれば、個体の確保ということは、かくも何百分の一、いや、それよりもさらに歴史的にくり返さねばならぬほどの確率をもってしても試さなければならない行為なのだろうか? ……別の運命が、この個体の上にもたらすチャンスをつかむために……、又繁殖率からいっても、一匹のねずみのかかる努力は無に等しくとも……。_この全く展望のない状況の無駄な行為の連続的な継続を、いつの日か、別の角度からの攻撃(創造性)によって新たなる局面を迎えるための貴重な無意味とすれば、獣(けだもの)とはなんと大変な宿命をおわされてこの世にあるのだろうか!? ただ、かつて人々があるとき歩みだしたように、宿命を宿命たらざるものに変えたとすれば、ねずみはすでにねずみではなくなるわけだが……、ねずみにとって道すじすら見えぬ遠き未来も、人においてはなんと近くにあることだろうか……。_天使が落ちぶれて生まれたのではなく、猿の仲間から起きたわれらにとって、多くの遺産を受けつぐ人間に生まれたことは、なんと喜ばしいことではないだろうか……、かつて身分地位差別も、支配さえもない社会に生きたわれわれであってみれば……。   一九七六年二月

小学館文庫版『忍者武芸帳 影丸伝』第2巻(1976年/全17巻)に掲載の著者「あとがき」


私は白土氏について何一つ知らないので、漠然としたイメージでしかないですが、唯物(ゆいぶつ)史観?の立場から語ってるんだろうと推測しています。


「進化論」や「社会進化論」とかも、学の無い私には全くわかりませんが。


「あとがき」にある《最近は、テレビによって野生動物の生態記録シリーズの画面から、さまざまの動物の天敵関係にまつわる壮絶な闘争場面に接する機会にめぐまれている。》は、30分枠で夜の7時半頃に放送されていた〈弱肉強食残酷物語〉とも言えるドキュメンタリー番組『野生の王国』だろう。

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私は未読ですが、一部でカルト作品扱いされている長編劇画『野望の王国』の書名は、当然〈弱肉強食残酷物語〉な『野生の王国』の踏襲なんだろう。

『野生の王国』は1963~1990年。『野望の王国』は1977~1982年。私は『サルでも描けるまんが教室』で本書の存在を知りました。『権力への意志』を純粋に表象した傑作、という評価だった。
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私にとって〈後追いで読んだ漫画家〉である白土氏の漫画で読んでいる長編作品は『カムイ伝』第一部と『忍者武芸帳 影丸伝』だけで、他には全1巻か全2巻の作品を2~3作。その中で個人的には『忍者武芸帳』が◯秀作。ジョン・フォード監督の『逃亡者』(1947)のラストは『忍者武芸帳』に通じる。


評論家・呉 智英(くれ・ともふさ/1946-)氏の1976年当時の白土氏の評価

しらとさんぺい【白土三平】
最も偉大な劇画家。質・量ともに最高の劇画の作者。日本芸術史上最大のドラマ作家。千年後になお読み続けられる劇画家。ほめてもほめてもきりがない劇画家。父親は画家の岡本唐貴。「虐殺された小林多喜二の遺体を囲む人々」という有名な写真に岡本唐貴が写っている。

『宝島』1976年9月号の特集「漫画フリーク大事典」の【宝島版 乱調マンガ大事典】より


楠 勝平(1944-1974)は、白土の「赤目プロダクション」の元アシスタント。


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