30歳で病死した漫画家・楠 勝平(1944-1974)。
↑「天狗と囲碁で勝負」のイラストは、映画『第七の封印』(1957)で不意に訪れた死神に対し死期を延ばすため?の↓「死神とチェスで勝負」を意識してる?
幼い頃からの難病で常に死を身近に感じていた?楠の心象風景に思えてくる。
私が楠 勝平(くすのき・しょうへい/1944-1974)という、けして知名度の高くない漫画家の存在を最初に知ったのは、何かの本(ちくま文庫)の巻末の解説で、評論家の鶴見俊輔氏が楠の短編漫画『彩雪に舞う…』に触れていたからだと記憶。文庫本は根本敬氏も影響を受けたという『情熱のペンギンごはん』だったような気がします。でも決定的に興味を持ったのは評論家の呉智英(くれ・ともふさ/1946-)氏の本を通じてだと思います。逆に言うと、呉智英氏以外で楠 勝平について死後も言及していた評論家はいたんだろうか。
私は20代の頃によく大阪府下の古本屋めぐりをしていたので、その時に購入して現在も所有しているのが、単行本の『おせん』(1978年)と、月刊漫画誌ガロの「ガロ臨時増刊号 楠 勝平特集」(1970年)の2冊。既読はこれだけ。
現在新刊書店で入手可能なのは2021年に出た↓文庫本だけか。私は未購入。
↑に収録の短編漫画のタイトルは以下。代表作?は網羅。「名刀」が未収録。
・「おせん」
・「梶又衛門」
・「茎」
・「暮六ツ」
・「殿さまとざらざらした味」
・「大部屋」
・「鬼の恋」
・「ふじが咲いた」
・「はぁーはぁーはぁー」
・「やすべえ」
・「ゴセの流れ」
・「彩雪に舞う…」
過去の単行本に収録された短編作品のタイトルは↓ファンサイト?が詳しい。
--------------------------------------------------------------------------------------呉智英氏の『マンガ論争!』(1979年/別冊宝島13)に収録された楠 勝平評。
《赤目プロに勤務し、後、独立。七四年に三〇歳の若さで死去。体が弱く、寡作で、作品集が青林堂から一冊でているだけである。それだけに、作品は名人の工芸品を見るように深みがある。しかも、生と死のはざまから見つめる眼差(まなざし)は鋭い。》
呉智英『マンガ家になるには』(1983年)より、楠 勝平に関する部分を引用。
《_つい少し前のところで、マンガ家には十分な体力が必要だと書いた。だが、こんな例がある。_楠勝平(くすのきしょうへい)というマンガ家がいた。一九七四年三月に、三十歳の若さで亡くなった。寡作であった。単行本も、青林堂から出ている『楠勝平作品集』一冊しかない。だから、若い人たちにはほとんど知られていない。だが、これを読んだ人は、みんな一様に感動する。一作一作に楠の生命が刻み込まれているからである。それももっともなことで、彼は心臓が弱く、いつも死と隣合わせにいたのである。どの一作も、それが絶筆のような気持ちで描かれていたのである。楠の力量を見込んで連載の話も何度かあったのだが、体力がないためにすべて断っていた。そして、珠玉のような作品を残して、彼は死んだ。体力にも恵まれず、経済的にも恵まれず、広い名声も得ることもなかった楠勝平が、そんなにすばらしい作品を残しえたのは、ひとえに精神力のたまものなのである。》
--------------------------------------------------------------------------------------月刊漫画誌ガロ「ガロ臨時増刊号 楠 勝平特集」(1970年/青林堂)の書影。
『おせん』(1978年/青林堂)の書影。
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