見出し画像

「さようなら、青春」と題した副田義也の『あしたのジョー』解説(1977年)

1967~1973年連載『あしたのジョー』の「ちばてつや漫画文庫」版の最終巻(1977年)の解説副田義也(1934-2021)氏。原作は高森朝雄(=梶原一騎)。


《_力石が死んだ。ジョーがそれをきいた。死闘のリングを二人がおりたあとだ。_あのときの、あのページを私はおぼえている。ジョーのおびえた獣があげるような叫び声をおぼえている。それから、私をとらえた戦慄もおぼえている。あの戦慄はなにであったのだろうか。_それは、作品のストーリーの意外な展開がもたらしたなどとだけ、いってすませるものではない。あの戦慄は、自分の一部が失われる恐ろしさによっていた。力石が死んだとき、私のなかの力石が死んだのだ。ジョーの悲鳴が、誌面のみではなく、耳のなかに実際にひびくように感じられたのは、私の心がおびえ叫んでいたからだ。要するに、私は、力石であり、ジョーであった。_多くの読者が、力石の死を悼んで、「あしたのジョー」を連載していた『少年マガジン』編集部に弔電をうってきた。この作品の爆発的ヒットを語るさいにしばしば引用されるエピソードである。かれらは、ただストーリーが展開して主要なキャラクターのひとりが死んだのだと割り切ることができなかったのだ。実在の親しいだれかが死んだと感じたのだ。親しくおもえるはずだ。力石はかれらの一部であったのだから。_ひとつの作品が、時代の社会意識を代表するということは、つまりはそういうことだろう。そのヒーローたちを読者は自分だとおもう。それは感情移入などと、心理学の用語をつかって説明してみても、どこかしら説明しきれぬところが残る現象である。感情移入といえば、ことがらは個人的なもののようである。しかし、力石やジョーには、時代の社会意識がそこに結晶しているといった印象がある。_その時代の社会意識とはなにか。それは実力の論理を信じきろうとする価値意識である。どん底から出発する男たちが、壁に爪をたてるようにして這い上り、自らの力で勝利をつかむ。そんな生き方が人間らしい生き方だという価値意識である。実力による闘争のみが、男性らしさを示し、人間らしさを示すことになる。_たとえば、力石を死なせたショックから必殺パンチを打てなくなり、ドサまわりのボクサーに落ちぶれていたジョーが、ふたたび一流ボクサーとして甦えるさいの、カーロス・リベラとの試合をみてみよう。かれらは、たがいにダウンをくりかえす死闘を展開する。そのうちに、かれらには、それぞれに日本とベネズエラの貧民街で腕力沙汰に生きてきたころの血がさわぎだす。肘打ち、足蹴り、ゴングも無視した戦いになる。_作者たちはそれを肯定的にえがいている。解説者である登場人物にこんな科白(※せりふ)をいわせている。「きれいだ。……ルールをまるで無視した、反則だらけの試合なのに、不思議にきたない感じをうけない。……それどころか、小気味よい、さわやかな感じさえする」「ワッショイ、ワッショイ」かけ声をかけつづけながら、二人をあおりつづける観客たち。「数分後、リング上には血にそまり、汗にまみれたふたつのぬけがらが、音もなくころがっていた。三万七千の大観衆は、ボクシングというものの原点を見せつけられたような気がして、じつに満足だった」――この場面をしめくくるナレーションの引用である。_この実力の論理は、一九五五年から七〇年あたりにかけての高度成長期を、力のかぎり傷ついて支えた人々のイデオロギーであった。実力こそがすべてだ。競争に勝ち残ることが善だ。かれらの努力は、敗戦のどん底から出発した祖国を、経済大国におし上げていった。つまり、人々は、ジョーや力石の生き方に、かれら自身の生き方、かれらの社会の歴史をかさねてみることができた。二人のボクサーが、時代の社会意識の結晶であるといった意味はあきらかであろう。_そして、この実力の論理は、おそらくは劇画というマス・カルチャーの新しいメディアの発展にみられる論理であり、劇画家たちの生き方の論理でもあったはずだ。_五〇年代の終わりちかく、のちに劇画というメディアにいたるいくつかの模索の試みがあらわれる。それらは、手塚治虫が主導してきたストーリー・マンガの物語性をいっそう徹底させようという試みであったり、紙芝居の衰退にともなうその作家たちの転身の試みであったりした。時代はそれにふさわしいエンターテインメントのメディアとして劇画を要求しており、そのメディアへの試みは急速に成功する。_しかし、マス・カルチャーの分野で新しく登場するメディアは、いつでも、白眼視され誹謗される。古い世代の人々は、単に自分たちがそのメディアに馴染めないという理由だけで、それを低俗なもの、いかがわしいものとみる。とくに新世代の行動や思想にみられる満足できない部分は、すべてそのメディアのせいにされる。_かつては、映画やジャズが不良青年、不良少女の娯楽であった。映画館通いは不良化の兆候とみなされた。歴史はくりかえす。いまは、劇画が若い世代の暴力好みや反知性的傾向の原因であるとされる。このような状況のもとで、劇画にとって自らを支えるには実力の論理しかなかった。とやかくいいたい奴にはいわせておけ。とにかく面白い作品をかくこと、それによって人々の心をとらえることこそが肝要である。新しいメディアは、それが新しいゆえに約束事も少なく、きわめて大胆なテーマ設定、技法実験が可能であった。結果が成功であれば、すべてが許される。作家たちは実力次第を信じて野放図に進んでいった。_ボクシングはハングリー・スポーツだという。飢えた若者にふさわしいスポーツなのだ。かれらは、富、名誉、安楽な生活に恵まれず、それらを手に入れたくて苛だっている。その飢え、その苛だちが、ボクサーとして大成するための原動力である。かれは、自らの拳の実力でそれらをつかもうと励み、才能と幸運に恵まれていれば成功する。_それにならっていえば、草創期の劇画はハングリー・アートであった。それは飢えた若者にふさわしいマス・カルチャーのメディアであった。この場合の飢えは、一方ではボクサーと同じように富や名声にたいするものであろうが、他方では自己表現の機会に対する飢えである。その飢えを原動力に、かれらは自らのペン=実力で望むものを手に入れようと突き進んだ。「あしたのジョー」は、ハングリー・アートがハングリー・スポーツを素材にしたものである。それは、本質的に同一のマス・カルチャーの出逢いであり、たがいの魅力が相乗されることになった。_高度成長、プロ・ボクシング、劇画。それらに共通するのは、青年的ななにかである。高度成長は、比喩的にいえば、経済構造の青年期である。プロ・ボクシングは青年の職業である。劇画はユース・カルチャーの一環である。この作品は、青春の熱っぽさをさまざまに感じさせる。_しかし、青年はやがて老いる。力石は死んだ。ジョーは白く燃えつきた。けれども、われわれは残って生きねばならない。低成長期の暗転期に、中年、初老の生活者として。そのわれわれにとって、「あしたのジョー」はなにも与えないなどと、ものほしげにいうべきではあるまい。いさぎよい別れの言葉を。さようなら、ジョー。さようなら、充実していた不毛な青春。》


「ちばてつや漫画文庫」版・全20巻の書影。

https://order.mandarake.co.jp/order/detailPage/item?itemCode=1213985616


関連投稿


#マンガ評論 #マンガ批評 #昭和の漫画 #ボクシング漫画


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?