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百物語の最後の1話 【ちょっと長い#2000字のホラー】

まったく子供っぽいと思ったが以外と面白い企画だった。今年の8月の新月は27日だ。その日から3泊4日で長野県のある宿泊施設に日時の折り合いのついたもの好きが集まった。その施設はなんでも昭和時代の診療所を改装したといういわくつきの建物だった。そしてこの企画はクリエーターが集まるというメディアで#短編小説、#ホラー、#怪談、#百物語のタグで参加者の募集が行われたものだった。好事家は男女合わせて6人だった。

そして百物語というのは99話で終えて朝を待つのが普通である。というのも100話目を語ってしまうと、何らかの怪が起きるとされている。実際に何か起きても困るが、何もなければそれはそれで「百物語」の沽券に関わる。99話で終えるというのはなかなか大人の事情だった。その慣例に従い今回は3夜で99話、参加者が順番に手持ちの怪談を披露するという段取りだった。手持ちの怪談とはいえ、そこはクリエーターを自認する物書きの集まりである。有ること無いこと創造力豊かに場の緊張感を維持していた。

そして最後の夜、98話まで終えたところで、誰かが100話までやろうと言い出した。
〝余計なことを!〟
順番でいけば100話目は私だった。
なんでも最後の怪は必ずしも悪いことばかりではないらしい。良いことが起きる場合がある。せっかくみんな集まったのだから何が起きるか最後まで見届けたい。言い出しっぺはスマホで辞書アプリを見ながらそう言った。そして決が取られた。反対は私一人だった。

私は最後の怪を怖れたのではない。100話目を披露するのが嫌だったのだ。私は手持ちの怪談を使い切っていた。いや実は1話残しており、語らずに済んで良かったと胸をなで下ろしていたのだ。このタイミングではとっさに代わりになる話を創作する時間は無かった。

それにしても友人から聞いたこの話はおぞましすぎた。
ある意味最後を語るにふさわしいだけのインパクトがあった。私は大丈夫だったが下手をすれば他の参加者の精神に異常を来してしまうかもしれない。私は再度念を押した。「この場がどうなっても責任をとれない!それでもいいのか?」他のものは「問題無い!」と口をそろえた。〝愚かな奴らめ!後悔するんじゃないぞ〟私は腹をくくって順番を待った。

100話目の順番が回ってきた。
「これは実際にあったこととして私の友人から聞いた話なんだ」
私は努めて淡々と語るようそれだけを心がけた。

「私の友人はある一流企業に勤めているのだが、世間のイメージと裏腹に多少ブラックな体質があるらしい。そしてその中でも勤務態度が悪いもの、業績で結果が出せないものが飛ばされる部署があるそうだ。よくある話のようだがまあ聞いてくれ。その部署は通称ダーク・プリズン課と呼ばれているらしいんだ。暗黒刑務所だぜ。そこに送られるとあまりにブラックなため精神科送りになる者が後を絶たないらしい」
みんなゴクリとつばを飲んだ。

「ある女子社員など、配置換えでその部署に異動が告げられた瞬間その場で倒れてしまいそのまま寝たきりになってしまったそうだ。もちろん労災が適用されたらしいのだが」
私は一息ついた。

「その部署というのもその企業の40階のビルの屋上にあるらしい。そしてエレベータはその下の最上階で止まってしまうため、階段を一階分上がらないと行けないのだそうだ。これが何を意味するかというと」
みんな息を飲んだ。

「健康にいいんだ」
そこにいる全員がほっと胸をなで下ろした。よしよし前フリは充分だ。このあとに続く衝撃に耐えてもらわねばならない。

「これは企業風土って言っていいのか分からないがその友人の企業は月40時間越えの残業は当たり前でそれ以上はサービスになってしまうらしい。だけどな、その暗黒課だけは月20時間以上できないんだ。これを聞いただけでもえらく怖いんだが、この課の残業って予測がつかなくて当日言い渡されることが多いんだそうだ。そして当然奥さんやら旦那さんに連絡を入れることになるんだが、必ず最後に〝ありがとう。愛してる〟って付け加えなくちゃいけないんだ」
案の定ざわざわとしてきた。予想どおりのリアクションだ。
「独身の人は?」これも想定内の質問だった。
「独身はな、自分宛に〝今夜は頑張れよ!自分!〟ってメールを入れなくてはいけないんだ」

一人の30代の女性がまっ青な顔をして立ち上がった。
「私こういうのダメだわ。コワすぎる」
女性は部屋から出て行ってしまった。一人脱落だった。私は続けた。

「こういった一言を付け加えるのはこの課の暗黙の掟らしい。課長から確実に一言追加したか確認が入ることもあるのでみんなびくびくしている」

「それってパワハラじゃん!」誰かが叫んだ。
「そうパワハラだ。それだけじゃないんだ。月に一回の業務報告は上司である課長の前で替え歌でやらなくちゃならないらしい。素人の替え歌って聞くに堪えられるか?たまに課長も替え歌で返してくるらしいからその時はミュージカル仕立てになってそれはそれはおぞましいらしい。その日に休んでも報告自体なくなるわけではないからその業務報告からは逃げられないんだ。そんなわけで歌う方もそれを聞く方も・・・」
「生き地獄だ。想像するだけでも俺は耐えられん!」
40代の編集者が口を押さえて出て行った。トイレに向かったようだ。二人目脱落。

「それもパワハラじゃん」誰かがぽつりとつぶやいた。
「そうパワハラだ。そして回覧だ。この課では自分の次に回覧をする人のためにポジティブなメッセージを残さなくちゃいけないんだ。例えば〝この課一番の頑張り屋さんへ!いつもありがとう〟とか」
「あっ。俺こういうのキツいです」
20代の男性もいたたまれなくなったようだ。本当はもっと前に出て行きたかったのかもしれない。あっという間にいなくなった。三人脱落。

「これはどのかの環境大臣の提案がヒントらしい。あったなそういえば。清掃業者の皆さんのためにゴミ袋に感謝のメッセージを書こう!という呼びかけが。一方で感染リスクが上がるので止めて下さいとか収集の妨げになるからとあからさまに断っている自治体も一つや二つではなかったはずだ。そう考えるとこの元大臣の発想そのものが怖い」
私はつい脱線してしまっていた。急いで本筋に戻った。

「この課では感染リスクは関係ないからな。回覧メッセージを止める理由は一つも無い。それにこの課では、同僚と言葉を交わしたあと必ず相手を褒める一言を追加しなくてはいけないらしい。おかげで私語は皆無。また業務の連絡や打ち合わせも最低限の会話で済まそうとしてるので無駄は無し。よって静かな職場だそうだ。そこに替え歌が響き渡ると言うわけさ」
これには脱落者は一人も出なかった。それどころか何人かはなるほどといった表情をしていた。私は話に戻ろうとしてふと気付いた。

あれ、脱落どころか一人多くないか?
私を含めて4人いた。6人の参加者で3人脱落したので部屋には3人のはず。よく見たら最初に出て行った女性が戻っていた。ほかの2人も気付いて怪訝な表情でその女性を見ていた。おかしい。確かにさっきの女性なのだが、髪型がショートからロングになっているしメイクも違う。服装の趣味もがらっと変わっている。
「あなた誰?」40代の主婦が震える声で尋ねた。

「ああ、初めまして。わたし石原の双子の妹です。姉を迎えにくる予定でしたが、少し予定が早まってしまって。フロントに話したらまあいいでしょうって。この部屋に入る前に一応ノックしたんですけどね。皆さん話に熱中してらして。姉はどこです?」
「ああ、脅かさないで下さい。お姉さんは部屋で休んでいるはずです」
みんなほっとしたようだった。双子の妹の方は引き続きこちらに参加するようだった。私は話を続けた。

「そして一番怖いのはなんといってもその課の異常さに慣れてしまうことだ。免疫がついてしまうというか。中にはいるらしい。ゾンビに噛まれてゾンビになった方が生きやすいと考える輩が。ゾンビは既に死んでいるというのにな。そう、この課で健全な精神を持ち続けようとするとやがて明らかに精神をやられるし、かといって慣れて何も感じなくなってしまうことこそ精神がやられてしまったと言える。まさに暗黒課だよ」
 私はぶるっと体を震わせた。時計を見ると少々語り過ぎたようだ。
もう少しで夜が明ける。まだまだ語りたいエピソードがあるのだがこの辺でお開きにしよう。私は最終兵器を取り出した。

「この課では以前、課員のお誕生日会が慣例だったそうなんだ。そういったものといえばサプライズがお約束だろ。だが、ある誕生会ではそのサプライズの度が過ぎて、祝ってもらう人がなんとショック死してしまったんだ。皮肉なもんだよな。誕生日が命日になってしまうなんて」
いよいよ怪現象か!とそこにいる3人は身構えた。

「その日から、その課では夜な夜な、じゃなくてお誕生日の話だった。そう誰かのお誕生日があるとだな・・・」
私は一呼吸おいた。
「その日の朝礼では全員でハッピーバースデーを歌うんだ」

「ヤダッ!ヤメテーッ!」絶叫して、双子の妹の女性は部屋を飛び出していった。40代の主婦は失神して倒れ込んでしまった。50代の会社役員の男性は胸を押さえて膝をつき、前のめりに倒れてしまった。
「まずい!AEDはどこだ!」
私はAEDを探しながら以前講習で受けた心肺蘇生措置を頭の中で反芻していた。さながら地獄絵図だった。こんなことなら最初から断っておけば良かった。
 
「その課では誕生日休暇の取得率がほぼ100%になったそうだ」
 


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