寝て食べて寝て
こんにちは。
祖母の家から軽躁状態で帰り、現在ダウンしているまよです。
なんとか今、自分の体を取り戻した感覚にいます。
できたら何も食べず、ずっと寝ていたい。
だけど薬は飲まなくちゃいけない。
作り置きしていた、ゴーヤチャンプルーも無くなった。
無糖のヨーグルトも無くなった。
薬を飲み続けるって結構だるい。
劇的な変化があるわけでもない。
薬の効果が出にくい体質のまよは
やっとこさ安定してきたと思ったのだが。
私の場合、環境に左右される。
本当に双極性障害なのかと疑うほどに。
波動の高いところ、というか、自分に合った波動の場所へ行けばフラットになる。
でもそこで動きすぎてしまう。
家へ帰り孤独を感じるのは、その落差が辛いからだ。
双極性障害の辛いところはここにもある。
長いうつ状態
アップダウンの激しさ
自分でコントロールできない。
軽躁やフラットの時に動きすぎなければいいと思われるかもしれない。
でも自分ではわからないのだ。
普通の人間が、普通にしていることをやっているだけ。
でもそれが、双極性障害の罹患者には「普通」ではないのだ。
それに、鬱で動けなかった分を取り戻さなくては、という気持ちになる。
生きるって難しい。
YouTubeの動画を撮る気にもなれず
絵を描く気にもなれず
更新が止まり、フォロワー数や登録者数にびくついている自分が嫌だ。
楽しいことをして生きていく
そう決めたのに
SNSというものは数字の圧力がすごい。
向いていないことはわかっている。
これはずっと思っている。
ではなぜ続けるのか?
自分の存在を確かめたいからかもしれない。
この世に自分が存在していることを、後ほど客観的に見ることができる。
では、日記でもいいのではないか?
結局、繋がりを求めてしまうんだ。
リアルで繋がりが過疎化しているから。
だけど、オンライン上でのつながりもしんどくなる時がある。
なんてわがままなんだ。
今朝の体重に安心感を覚えたのに
今日の生活で水の泡だ。
いつまで経っても「40kg」までもどすということを受け入れられない。
体重ではなく、見た目にこだわりたい。
これは今でも思っている。
だけど新居では筋トレ、ヨガができるスペースがまだ確保できていない。
それももやもやの原因。
いくら細い足を手に入れたとしても、骨と皮はもう嫌なのだ。
入院する前までは、ホラーまんを目指していた。
だけど今は、入院中の作業療法士さんや、なかやまきんに君のおかげで、引き締まったボディーメイクをしたいと考えるようになった。
でもここに完璧主義、白黒思考の私が邪魔をするのだ。
完璧な部屋にしなければ何もできない。
良質なタンパク質をとって筋トレしなければならない。
1つダメなことが見つかると、全部ダメに考えてしまう。
Twitter Xってなんぞや。
なんか色々ついて行けないぞ。
またお金の匂いがぷんぷんする。
無料でサービスを利用することが当たり前の時代になってしまったから?
サムネのような自分に、明日なっているのではないかって
いつも怖くなる。
双極性障害と摂食障害の併発は面倒だ。
過食嘔吐してないだけ花丸か。
感情が感じられなくなってしまったので、いいパフォーマンスができない。
だからつべもインスタも更新できない。
それでいいじゃないか。
ゆっくりでいい。
そう、昨日天国のじいちゃんに言われた気がした。
中途半端なものは、潰される。
noteは避難所のようなものだ。
好きなように書かせてくれ。
ダメな私も曝け出す。
生きにくさを感じている人たちが
弱音を吐けるようになれたらいいよね。
そこに「人」がいたら幸せだよね。
人がいるから、誰かがいるから、自分を認知することができて、感情が動くことを感じられる。
早く猫と住みたいが、まだこの部屋には呼べない。
猫の幸せってなんだろう。
飼い主のわがままに振り回せてしまっていないか。
今日はもうさっさと寝よう。
さっきまで寝てたけど
さっさと寝よう。
寝逃げも一つの対処法だよ。
まよ
あなたの優しさに救われます。いつもありがとうございます☺