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エッセイ|もしもしミスター背後霊、そちらは今どんな具合?


ほんの少しのさじ加減のミスが、人生を大きく苦悩させることがある。
たとえばそれが、ドアを閉めるタイミングが早いか遅いかという程度の問題だったとしても。


突然ですが、あなたは死後の世界を信じますか?
私はめちゃくちゃ信じてます。
だって私には、背後霊のような存在がいるから。

正確には、今は亡き愛しき友人が、いつも側にいてくれていると信じているから。


でも実際は、そう思えるまでには長い時間が必要だったのだけれど。
今だからこそようやく笑って話せること――。

今宵、少しばかりお付き合い願えませんか?

◆◇◆


私には、一つ大きく後悔していることがあった。
「なぜ、あの時彼を置いて帰ってしまったんだろう」

もしもあの時、私がもう少し遅くまでそこにいたら、彼は死なずに済んだのかもしれない。
だってあの日、彼は言っていたじゃない。
「夕貴さん帰ったら、今から死にます」と。


まさか、と思ってた。
まさか本気でそんなことしないよね、と。

でもそのまさかは実際に起こった。
精神の病に苦しんでいた彼は、宣言通り本当にあちらの世界へと旅立っていってしまった。


訃報を受けた時、「ああやっぱり……」と思った。
やっぱり私はあの時、帰るべきではなかったのかもしれない。

◆◇◆


占い師という私の仕事を、時々虚しく感じることがある。
しょせん占いは占い。せいぜい未来を予測するくらいが関の山で、現実を変えることも、苦しみを取り除くことも出来ない。
占いは魔法なんかじゃないから。

でも、その占いに出会って彼が明るくなっていったのも事実で、
元々がデジタル思考の彼は、ホロスコープチャートの上の角度や度数や図形を読み解くことに、次第に喜びを見出みいだすようになった。


だから彼が私の占い講座の生徒になるのも、ごく自然な成り行きだったし、実際彼はとても呑み込みが早かった。
ホロスコープチャートというのは生まれた時の星の配置を図にしたもので、過去の出来事を検証しながら、彼はだんだん自分のことを語るようになっていった。

東京でIT系の会社で働いていたけれど、病気の症状が酷くなり故郷にUターンしたこと。
ご両親は離婚しており、自分はお母さん所有の空き家で一人暮らしをしているということ。

やがて話は学生時代のことに移り、彼のトラウマにも触れるようになった。

大学時代、サークル仲間からいじめを受けるようになり、それがきっかけで病気が発症したこと。
二年留年して卒業し、就職した会社でひどいパワハラに遭い、症状が悪化して退職せざるを得なくなったこと……。


パワハラが引き金となり、彼は何度も自殺未遂を繰り返すようになった。
「でも、死ねなかったんですよ。気づいたら息を吹き返していて」

そんな希死念慮を抱えながら、故郷にUターンしてきて私と出会った。
彼にとって、私はきっと救いだったと思う。
私は彼の言うことを否定しなかった。それは仕事柄もあったし、彼という人があまりに純粋だったからでもある。


まるで子供のように澄んだ心の青年に、もうすでに子供を二人育て上げていた私はグイグイと引き込まれていった。

未だかつてこんなに純粋な大人に出会ったことはない。
いや、大人とか子供とかそういうことじゃなくて、人間としてあまりに純粋だと思った。
生まれたての赤ちゃんみたいに、こちらの思いや言動にピュアに反応する。

だから私も自然と真っすぐな心になれたし、彼といると私の中の「一番神聖な部分」が顔を出した。
赤ちゃんと一緒にいると不思議と優しくなってしまう、あの感覚だ。

◆◇◆


好きな占星術の話題を存分に語り、自分の幼少期からのひずみを心理的にたどり直して、彼はどんどん明るくなっていった。

彼は私に子供のように無邪気に話しかけ、私もそれが心地良かった。
でも、そんな平和な時間は長くは続かなかった。彼の病気が再び顔を出し始めたのだ。


妄想とも取れる彼の「見ていたもの」は、周囲の人間の理解をとうに超えていたと思う。
彼は目の前に幽霊がいると言って譲らなかったし、自分の行動は逐一ネット社会に監視されていると言い張った。

仕事柄、かなりぶっ飛んだ世界に片足を突っ込んでいた私でも、さすがにこれは自分の手に負えないかもしれないと思った。


故郷にUターンしてきた彼は、家族の大反対に遭って働くことを許されなかったという。だから半引きこもりのような生活をずっと続けていた。

が、彼のこの様子を見たら、家族が反対するのもムリはないのだった。
きっと周囲の人々に迷惑をかけることを恐れていたのだろう、特に昔気質の彼のお父さんは。

ああ、これじゃあ致し方ないよね……。


私が彼に会ったのは、もっとずっと症状が穏やかだった時だ。
だからごく普通に彼を占いもしたし、占いを教えることもした。
でも今のこの状態を見ていれば、おそらくは丁重にお断りしただろう。

私は占い師であって医療従事者ではないし、ましてや手帳も持っていたという彼の人生を救い上げる力など、あるはずもなかった。

それでも、怯える子猫のような彼のまなざしに応えるように、どんな時も私はそこに居続けようと思っていた。


病院に付き添って欲しいと彼に頼まれたのは、ちょうどそんな時だった。

◆◇◆


「夕貴さんが俺の家族だったら良かったのに。(実の)家族でさえ全然理解がなくて……」
そう言って力なく笑う彼に付き添い、私は診察にも、ケースワーカーさんとの話にも同席した。

この時点で、私は彼の疑似家族(母親のような存在)になろうと決意していた。
成年後見人について調べたり、それがムリなら自宅近くのグループホームに彼を住まわせ、お世話をしようかなどと考えていた。


病院から家まで送り届けた際、彼は私に向かってこんなことを言った。
「俺の人生、夕貴さんに出会えてラッキーだった。夕貴さんがいなければとっくに自殺していた」

それを聞いて、私も心底ホッとしたのだった。とりあえず急場はしのげたのかな、と……。


「……瑛人くんってすごくきれいなんだよね、心が。表面的なきれいごとを言う人はいっぱいいるけど、どこか裏が透けて見えるっていうか。だけど瑛人くんは本当にすごく純粋だから、だから私は失くしたくないし、ずっとここ(地上)にいて欲しいし……絶対に死なせない」

そう言うと、彼は泣き出してしまった。

「俺、いつもはそういうのあんまり刺さんないんだけど……何か嬉しいですね」
眼鏡を外し、嗚咽しながら目頭を押さえ、そんな風に答えたのだった。

――が、それから二日後、市役所に支援の相談に行く約束になっていたため彼を迎えに行くと、彼の表情は一変していた。

「何しに来たんですか。夕貴さんがいると何も出来ない、早く帰ってください」
「帰ったら何するの」
「夕貴さん帰ったら死んだり、作業したり……」

それを聞いて、私はきっとまだ彼は大丈夫だなと思い、市役所には断りの電話を入れて帰ることにした。
彼がその時手掛けていた自宅仕事があることを知っていたので、私が帰ったらその作業をするのだと思ったのだ。


「夕貴さんいると何だか見張られているみたいで。ああ、見張ってるのか」
「夕貴さんには色々良くしてもらったけど、やっぱり悪縁だったな」
「夕貴さん帰ったら今から死にます」

せわしく喋りながら、ずっとウロウロと歩き回っていた彼。
「バイバイ」と私が玄関先で声をかけると、「あっ、バイバイ」と反射的に半分手を挙げかけ、そしてすぐに下ろした。

「またね」――そう言いながら扉を閉めた、まさかそれが彼の姿を見た最後だったなんて。


それ以降、失踪した彼とずっと連絡が取れないまま、数か月後に訃報を聞かされることになる。

◆◇◆


最後に会った日から約二週間後の彼の誕生日、私はSNSに彼に宛てたメッセージを送った。彼が読んでいるのかどうかも分からなかったけど、その時の私に出来たのはそれが精いっぱいだった。

生まれてくれてありがとう
どんなあなたでも
ここにこうして存在してくれることが
もうすでに78億分の一の奇跡なんだよ

#あなたがそこにいるだけで



それから数か月が経ったある日のこと、私のスマホに見知らぬ番号からのショートメールが送られてきた。
『息子の部屋に先生の名刺があり、私も鑑定をお願いできますか。』


当日、メールの主の女性は私のサロンに現れると、スッと一片のカード状のものを差し出した。
「急な申し込みですみません、これ、私の息子なんですが知ってますか?」
それは、ずっと音信不通だったあの彼の免許証だった。

「ああ、知ってますよ。時々ここにも来てくれていましたよ」
「そうですか。ここに……。息子は夏に自殺しちゃってねえ……」


それを聞いた瞬間、「ああやっぱり」という思いが胸を走った。
生きていると信じたかった。
でもどこかで、彼はもう既に亡くなっていると感じていた私もいたのだった。

◆◇◆


彼の訃報を聞いてすぐ、私は自分がトレーニングを受けているミディアムのセッション(霊界通信)を予約した。
これは「あの世とこの世の橋渡しをするミディアム(霊媒師)が、亡くなった人との通信を取り持ってくれる」というものだ。

当日、セッションに現れた彼は、もじもじと背中を向けながら
「突然消えてごめんね」と、ミディアムを通して私に言った。

あんなにたくさん自分に生きるってことに協力してくれたのに、本当に申し訳ないなあって……
でも最後に本当にいい、自分にいい時間をプレゼントしてくれてありがとうってことを、本当に思うよ。


ミディアムが伝えてくれる彼の言葉を聞きながら、私は自分の無力さを感じ、そして彼の魂が変わらずそこに存在していることを感じてホッとした。

とりあえず、彼は今は落ち着いているようだ。
いや、落ち着いているという表現は適切ではないかもしれないけれど、その時の私には至極しごくそう思えた。


「あ、ちょっと待って――彼が何か伝えたいみたい」
ミディアムに携帯画面を見せながら、彼は私が送ったメッセージについて、それを受け取ってものすごく嬉しかったことを伝えてきたという。

何て書いてあるのかな、うまく私が読み取れないんですけど……。
そう言いながらミディアムが続けた次の言葉に、私はついにこらえきれなくなって嗚咽してしまった。

「彼に対して『生まれてきてくれてありがとう』っていう風に、本当に出逢えて良かったっていうことを伝えたことってありますか?」


それは紛れもなく、彼の誕生日に私がSNSに投稿した、あの言葉ではないか。

◆◇◆


こうしたミディアムシップ(霊界通信)を、私も学び続けてそろそろ10年が経とうとしている。
残念ながら万年劣等生の私には、天国との橋渡しをバリバリこなせるような自信は全くないのだけれど。

そして彼も、あれから私がトレーニングを受ける機会ごとに、その場に現れメッセージを伝えて来てくれるようになった。
最初の頃にはまだおぼつかなかった彼の通信も、次第に手慣れてきて、近頃は笑いを取ってくることさえある。


私が学んでいるこの英国式のミディアムシップは、エビデンスという確証を取ることが重視されている。

「お父様はあなたを天国から見守ってくれていますよ」みたいな良くあるフワッとしたものではなくて、
「これは間違いなくお父さんだよね」という、当事者にしか分からない、もっと決め手となる証拠を提示することが求められている。

それによって霊界の存在を証明し、亡くなった人との橋渡しをし、遺された人々の悲しみを和らげようというわけだ。


それでもこうした見えない世界については、胡散臭いから信じないという人が大多数かもしれない。
それをとやかく言うつもりはないし、「天国は存在する」などとゴリ押しするつもりもない。

ただ、愛する人を亡くした人にとって、見えない世界が存在すると信じることは、大きな慰めになるんじゃないかと思う。


たとえば子供を亡くした親御さんや、伴侶を突然失った人などにとって、「人は亡くなったら消えてしまうだけ」などという考え方は、到底受け入れがたいものではないだろうか。

その悲しみを和らげ、癒すことが出来るなら、ミディアムの仕事はむしろとっても必要なことだと思えてくる。

現に私も、「もしもあの時、私が帰らなければ……」という自責の念をようやく手放せるようになったのは、
セッションの中で彼が伝えてきてくれた、「それは避けられないことだった」という、真実を語る言葉の数々によってだったから。

◆◇◆


あれから三年、彼は今もずっと私の側にいる。
もはや背後霊と言っても差し支えないほど、彼は私の一部と化してしまっている。

もちろん、彼の本体というか魂自体はちゃんと天国にいるのだけれど、
彼の魂の一部は、なぜだか私のことをずっと見守っていてくれるようなのだ。とても律儀な彼。


彼の生前、私は見えない世界からのインスピレーションを受け、私たちは一緒に仕事をするために出会ったのだと告げたことがある。

今になって、わざわざ彼は、そのことを度々私に伝えてきてくれる。
「あの時は信じなかったけれど、夕貴さんの言ってたことは本当だったよ」と。


その当時、私はもっと現世的な仕事のことを指してそれを言ったつもりだった。
つまり彼と私の共同執筆で、スピリチュアルなテーマでコラボ小説を書く、というようなこと……。

肉体を脱ぎ捨てた今、視野の広くなった魂としての彼は、どういうつもりで私にそれをわざわざ伝えてくるのだろうか。


というか、この世界広しと言えども、
「過去に行ったセッションのフィードバックを、本当に見えない世界の住人となった存在から伝えられる」占い師は、私くらいなものではないか。

もしかしたら大ハズレなこともあったかもしれないし、
そして彼は、そこには触れずに黙ってくれているのかもしれないし……。

穴があったら入りたい私の気持ちなど、きっと彼はとっくにお見通しなんだろうな。

そんな摩訶不思議な私たちのこの関係、私のミスター背後霊。
私が天に還るまで、どうぞこれからも、ずっとよろしくね。







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