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骨袋の底に残るのは、彼女が放つ最後の熱

2021年2月16日の朝、僕は大切な家族をひとり(一匹)亡くした。
あの日からまだ数日しか経っていないなんて、信じられないくらい僕の時間の経過は早い。もう、1ヶ月くらい経ったんじゃないかと思うほど、彼女の死が急激に現実味を失い始めている。

恐らくは、脆弱な僕のメンタルが壊れるのを回避しようとして、別れの日の記憶を、心の暗がりへと隠してしまったのだと思う。

それでも、

亡骸になってはいたけれど傍らにあかさんがいた最後の一日だから、完全に忘れてしまう前に、活字にして残して置きたいのだ。

今夜は、ペット葬儀の会社に連絡した後の事を、つぶさに書いて行きたい。

あの日、「ペット」「葬儀」等のキーワードでGoogle検索を掛けて、ページの最初に表示された会社に電話を入れた。
上から順にいくつか内容を確認したけれど、どこもサービスは変わらないし、値段も大して変わらない。元より、変に安い会社にお願いして、ずさんな対応をされたのでは、あかさんがうかばれないと思った。だから、実際には値段は比較対象にはならなかった。

朝の8時半から9時の間に電話をしたように思う。昼に一件空きがあると言われたので、お願いした。

焼かれて灰になって、この世から存在が失われる事を思うだけで涙が出たけれど、それ以上に、苦しそうな表情のまま硬くなっている彼女が可哀想だった。別れを思えばひたすらに悲しいけれど、楽にしてあげたい気持ちが強かった。

ペット葬儀の会社から担当の方が到着したのはお昼。
玄関を開けると、品の良さそうなおじさんが立っていた。
何となくドラマ金八先生に登場する津軽弁の大森巡査に似ていると、ぼんやり思った。

僕の頭はまだパニックの真っ最中で、集中していても、おじさんがしている葬儀の説明が一部入って来なかった。

とにかくも、このおじさんがこの簡易的な葬儀… 火葬、お骨拾いから骨壷へ納めるまでの一切合財をひとりで執り行うとの事だった。

おじさんに促されるままに、彼女が生前好きだった物を亡骸の横に供えた。
ちゅーる3本と、彼女専用の赤いプラスチックの皿にカリカリご飯を入れて、顔の横に並べる。

おじさんに火葬の準備が整いましたと告げられ、僕は部屋の外に停めてあったペット用の火葬車まで、あかさんの亡骸を運んだ。

プラスチックの皿は一緒に焼けないと言われ、「お皿が無いと天国で困るじゃないか」と思いつつも、言われた通り、皿を退けて、カリカリご飯を直に彼女の顔の横に供えた。

最後のお別れを言ってあげてください。
背後からそう言われ、僕はあかさんの小さな頭に顔を近付けて、「十分な事がしてあげられなくてごめんね。でも、15年間ありがとう。またね」と小声で言った。

そこが、家の前の駐車場で無ければ、僕は多分、涙を流していたと思う。

「ご遺体が小さいので、火葬を終えてまた戻って来るまでに1時間45分程度です。」

待っている間に、僕は彼女の眠っていた辺りを再び片付け始めた。
満足に動けなくなっていた彼女は、寝床のタオルに少しお漏らしをして、うんちもひとかたまり落ちていたけれど。何故か全く汚いとも思えないし、それさえも離れ難いと感じられた。

1時間45分、ほぼピッタリのタイミングでおじさんは戻って来た。
胸の前には、所謂、骨袋を抱いている。それは、彼女の名前にあわせたように、赤い袋だった。

当然だけれど、もう「それ」には、あかさんの面影は無く。
改めて、ああ、彼女はお空に行ってしまったのだなと、思い知らされる。

おじさんから受け取った骨袋を抱えると、底の部分がまだじんわりと温かかった。掌で、彼女の放つ最後の熱を感じる。しかし、僕の体は反比例して、中芯部分からじわじわと底冷えして行くようだった。

葬儀社の車が去った後、

僕は彼女の骨袋を静かにテーブルの上に鎮座させた。
体調は最悪だったが、仕事に行かねばならない。

葬儀社に電話した後、勤め先にも連絡して、葬儀が終わり次第直ぐに出社するという約束をしていたから、嫌でも向かわねばならなかった。

こんな状況でも働かねばならないなんて、世知辛いと思う反面、残りの時間をずっと泣いて過ごさなくて済んだ事に、軽く安堵を覚えた。

時刻は昼の3時を回っていた。

いつもの出勤時間である朝8時と比べれば、陽も高く幾分かは暖かいはずが、ダウンのジッパーを首元までしっかり上げているにも関わらず、心の奥から冷え切った体は、一向に温かくなりそうもなかった。

タイトル画像:https://pixabay.com/
画像製作者:vlanka

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