近隣の子供によるトラブルの話

その日私は公園で練習をしており、切り株に脛をぶつけ悶絶していた。

動きを止めると蚊が大量にたかり始めた。
数の暴力に屈し、蚊を払いながら撤退を決意すると、前方に兄弟らしき二人組と犬が佇んでいるのが見えた。
よく見れば片方は公園でよく挨拶を交わす少年だったので声を掛けようとした。

私はフランクに近づいたつもりであった。
しかし、少年と兄は突如茂みの中から現れドラミングをしながら距離を詰めてくる限りなくゴリラに近い個体を見た。

ゴリラ•ゴリラ•モドキの襲来である。

無論こちらに威嚇の意思はなく両手で蚊を払っていただけであるが、その様は確かにドラミングに似ていた。
更に全身黒で歩行が少々おぼつかない故に、そこが二足歩行を普段控えているゴリラたる動向をより知らしめていた。

普段人懐こい少年の犬と目が合わなかった事を考えると、ゴリラとして完成度が高かったのかもしれない。

兄の顔は引き攣り、一方の少年は非常に何か言いたげな表情であった。
しかし、何か言ったとて お前に私が救えるだろうか。人間にもなれず、ゴリラにもなりきれぬ、憐れで醜い近隣住民である。

少年の兄はゴリラ•ゴリラ•モドキと一定の距離が縮まると、踵を返し走り去った。
この時は自身とゴリラの関連性についてなど気がついていなかった為、シャイな少年の兄もまたシャイなのだろうと考えていた。
転んでなどいないだろうかと兄の背中を見送りに行った後、振り向き戻ると少年と犬もいなくなっていた。

17時の鐘が鳴り響いた。
哀しきゴリラのレクイエムのようであった。
その後も蚊を払いながら帰路についた。

3日後、隣人が回覧板を私に手渡す際に
「この間、ドラミングしてました?」と、訊いてきた。
挨拶後の第一声にしてはパンチがきいている気がしてならない。
身に覚えが無かったが、状況を聞いた事により、ようやく公園の件と己の中のゴリラが繋がった。

あれがドラミングに見えるのならば結構な距離を私はドラミングしていた事となる。
さぞかし縄張り意識の強い住民だと思われた事だろう。
やったかもしれない、と私は嫌な汗を背中に感じながら白状した。
もはや自首に近い気持ちであった。

いよいよ動向が不審すぎる為に苦情が入る日が来てしまったと覚悟を決めた矢先、予想に反し感謝を述べられた。
どうやら少年の兄と思っていた者は、どこかの中学生であり揉めていたようであった。

そして、その少年の母が礼を言いたいと探していたらしく、子供同士が同級生であり、更に現場近くに住んでいる隣人に相談し現在に至る。

それにしても、ドラミングの件りはいるのだろうか?
「絡まれていたところにたまたま近隣住民が通りがかり、事なきを得た」だけではダメであったのだろうか。
ついでに「ドラミング」と訊いて隣人の頭に私が過ぎるシステムについても、少々不安が過ぎった。

その後、公園で少年とその母に出会った。
少年の母の中で、左右に佇むゴリラの幻影と私の幻影がスッと一つに重なり合あった。
恐らくゴリラの人としてインプットされている事だろう。

【追記】

因みにドラミングについては、念の為に何の宣告も無しに母に向かい再現してみたところ「間違いなくゴリラのソレである」と証言を得ている。

暦の上ではもう十分に秋であるが、まだ蚊も我々を狙っているので、皆さんも蚊を払う際には注意して頂ければと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?