外食したら命の危機に陥った話

「二郎」という一口で説明すると色々と量の多いラーメン店があり、それを参考にしている店を「二郎インスパイア系」と言うのだが、私はその単語に強い憧れを抱いていた。

人生で一度は言葉にしてみたいと思い「二郎インスパイア」という単語を常に頭の片隅に置く日々を送った。

そんなある日、馴染みのラーメン屋のカウンターで見知らぬ人と3名肩を並べて麺を啜っていると、私の二つ隣に座る最端の男が量が多すぎると店主に物申し始めた。
今こそあの言葉を使う時が来たと高揚する気持ちを抑え、努めて冷静に「此処は二郎を参考にしているラーメン屋だからこういう物だ」という旨を説明した。
しかし、普段使わぬ言葉を長期に渡り寝かしすぎたのだろう。
「此処は二郎をボンバイエしているんです」
と、訳の分からぬ発言となった。
いつの間にか「インスパイア」が「ボンバイエ」に侵食されていた。  

男が
「何だお前?」
と、訊き返してきたので
「ボンバイエです」
と、丁寧に返すと、我々の間で麺を啜っていたオヤジがスプラッシュした。

何故よりにもよって私の脳は数ある単語の中からボンバイエを選択してしまったのだろうか。
しかも、店主の名が「ジロウ」であった為「二郎をボンバイエ(和訳:やっちまえ)」などと客側に加勢しているようになってしまった。


真ん中のオヤジは激しく咳き込みながらも
「店長て…ジロウて…ボンバイエってぇ…」
と蚊の鳴くような声で訴えていた。
オヤジの訴えに男は店主の名札が目に入ったのだろう。
彼は物事を察し、静かに視線を落とした。

オヤジはラーメンの一部が鼻にまわり、苦しみながら途切れ途切れに言葉を発した為、任務途中で被弾し命尽きる前に重要なアイテムを差し出してきそうな雰囲気が出てきた。

「もう何も言わなくていいです、大丈夫ですから」
などとオヤジの気管を心配した結果、最期を見送るような言葉になったが、決して撃った側がかける言葉ではない。
店主もオヤジも
「原因が何を言ってやがる」
と、それぞれ胸中で私にヘイトを溜めていた。

今や男はオヤジの心配をし、店主は飲み物を渡し、皆でオヤジを救う作業に取り掛かっている。
私はせめてもと思い、おしぼりをオヤジに手渡したが、私の顔を見るや否やボンバイエが連想されたのかオヤジに更なるダメージが追加された。

横に元凶がいる為、もはやオヤジに出来る事は私から受け取ったおしぼりで顔を覆う他ない。
嗚咽混じりに震えるオヤジを私はただ見守る事しかできず、己の無力さを知った。

危うくボンバイエで人命が脅かされる所であった。
言葉は刃物である。

言葉一つでいらぬ争いが起きぬよう、ただ願うばかりである。


【追記】
その後、私の「ボンバイエ」は訂正される事なく終わった。
その為、他所の会話でも「ボンバイエ」が多発された。
思い返せば皆、私がその言葉を発する度に妙な顔をしていた。
差し支えなければその場で訂正して頂きたかった。
「二郎をボンバイエ」
などと得意げに言っている気味の悪い客がいたらそれは私である。
居合わせた方々には、その節は誠に申し訳なかったと、この場を借りて謝罪申し上げる。

因みに、本文の末辺りの
「言葉は刃物である」
と、書いたところを投稿前に見直したところ
「刃は刃物である」
と昨夜の私によって書かれてる事に気がついた。
「力isパワー」のようになってしまった。
シラフでこの愚行である。
気がついて良かった。



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