市販の薬で危なかった話
ある日、バイト先の休憩室内の入り口に茶色の楕円の何かがおり、皆に戦慄が走った。
通らねば店先に戻れぬ位置にいる為、私はプラスチックカップを構え、後ろでアルバイトの木村が恐怖から泡で包むタイプの殺虫スプレーを握りしめ、その横に店長が両手にスリッパを構えた。
息を呑む中、意を決してプラスチックカップに納め確認すると、例の虫ではなくただの枯れ葉であった。
皆が近づき葉である事を確認し、胸を撫で下ろしたその瞬間、上空から本物が落ちてきた。
皆パニックに陥った。
走り回る例の虫、両手のスリッパをシンバルの猿のように打ち鳴らし威嚇する店長、木村は呪いの舞いのような動きで泡を量産しており、私はその泡を踏み抜いた。
まさに阿鼻叫喚の図であった。
ふと、例の虫の動きが止まった。
我々は種族の壁を超え理解した。
飛ぶ気である。
張り詰めた空気が限界を迎えた。
例の虫は飛んだ。
皆、スローモーションで見えたという。
虫は店長の威嚇を潜り抜け木村の胸部に着地した。
その瞬間、木村の防衛本能が木村の中の全ての感情をシャットダウンさせた。
人の表情とはここまで無になれるものなのかと、その日私は知った。
しかし、指先に僅かに感情の欠片が残されていたのか、木村の泡スプレーから泡が悲しげな音を立てて床に積み重なった。
店長が
「俺がやる!」
と、映画などで確実に返り討ちになるであろうセリフを吐き、スリッパを構えた。
しかし、木村はここでスリッパを振るわれれば自身と例の虫が ど根性ガエル のような関係になると察した。
木村の失われた感情は、地獄から呼び起こされた。
木村は虫を庇い、背を向けた。
現代のナウシカのようであった。
木村が無駄にスリッパで殴打された際、例の虫が再び舞い、今度は私に着地を果たした。
今や「駆逐」の二文字のみで起動している店長が、両手のスリッパを振り回しこちらに襲いかかってきた。
例の虫視点で始めて人間を目にした。
虫共々駆逐される未来が見えたので、そのまま店先へ行き、外に出る作戦に出た。
すると、丁度レジの店員に向かい中年女性がクレームを申していた。
「ちょっと店長出してくださる?」
と、言い終わる前に、走る私の背後からスリッパを振り回す狂った店長が現れた。
クレーマーの中で、腰が低く気の優しい店長は死んだ。
私は外に出て肩を振り、例の虫を自然界へ放った。
店長は途中で転び泥にまみれた。
地に転がる店長の周りで小粋に肩を振る不気味な光景がクレーマーの瞳に映し出された。
中からレジの者がお客様がお呼びだと、我々を冷静に呼んだ。
例の虫の事で対策が出来ていないと、更にクレームが追加される未来が見えた。
先手を打ち、日頃から店長が置くタイプの薬で対策はしていたが、虫の方も耐性がついてしまう旨を説明したが
「すみません。店長が薬に慣れてしまって、もう余り効かないようで…」
と、伝えた為に、店長に怪しい薬の常習疑惑が浮上した。更に店長も
「……手の震えが、止まらないんだよ……」
と、恐怖からくる手の震えに言葉を漏らした為、よりそれらしくなった。
【追記はこちら】
その後の木村と店長について綴ってあります。
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