苦情を言われて丁寧に対応したら裏目に出て怖い事態を招いた話

知り合いの店の手伝いに行き、店主と私とアルバイトの木村で店に立った。

そこで教科書に載るような見事なご婦人クレーマーに出会した。

店主は他のお客様の対応に追われている為、私が餌食となった。話を聞いていると
「あなた、ちょっと!」
と、更に後ろから新たなクレーマーが現れた。
クレーマー達に挟まれてしまった。
オセロであったら色が変わるところであった。
突如変色しだした私を見れば、クレーマーといえども踵を返し逃げ出す事だろう。
人生で初めて自分がオセロでない事を悔やむという貴重な体験をした。

二対一ではいささか分が悪い為、一人お裾分けしようと私は木村の方を見た。
木村は突如レジの床の汚れが気になり始めのか、その身を縮め懸命に床を磨き始めた。
私の中で木村への不信感が100上がった。

木村が職人の目つきで床を磨いているので、私一人で対応する事となった。
マニュアルに従いミーティングの個室に通し、クレーマー達に座ってもらった。
同時に喋る為聞き取れず、私は己の耳の限界と聖徳太子の偉大さを知った。
私が聖徳太子ならば10人の話を聞くのならば、私が11人程必要である。
木村の消失感が今になって押し寄せてきた。
今からでも、木村を床から引き剥がし呼びつけようかとも思ったが、職人の邪魔をしてはならない。

埒が開かぬので
「お一人ずつ、より重要な方からお話を伺います。どちらが先ですか?」
と述べた。
その瞬間、クレーマー同士の争いが始まってしまった。
今や私は蚊帳の外である。
その心情は蝉の縄張り争いを見る気持ちに近い。

ドアがノックされ、私は廊下へ出た。
店主がようやく現れ、どういう状況かと訊いてきたので答えたが
「お客様にはお客様同士で戦って貰っています」
と、デスゲームの主催者のような物言いになってしまった。
店主は「なにやってんの!?」と言い、何かがツボに触れたのかその場で苦しみながら部屋の様子を必死に覗いた。
店主の質問の意図としては、クレームがどのような内容なのかを訊きたかったらしいが、今や自分の店がデスゲーム会場にされているという恐怖の事態にかき消された。

何故クレーマー同士の争いが勃発したのかと訊くので経緯を述べると、店主は闇堕ちした一休さんのようだと言葉を漏らした。
人の話を聞かぬ聖徳太子から一生悟りの開けなそうな一休へと私は変貌を遂げた。
聖徳太子と一休のチャームポイントを全て投げ打った名ばかりの存在となった。

店主が身体を震わせなかなか部屋に入らない為、私は「今やクレーマーとはいえ元はお客様ですよ、どうしますか?」と判断を煽ろうとした。
しかし、妙に短縮され
「元は人間です。どうしますか?」
などと、映画などで始めてゾンビを撃つ自衛官が言いそうなセリフを吐いてしまった。
店主の頭の中では一休が銃を構えた事だろう。
言い直したが
「皆、人間なんです……」
と、自衛官の心の葛藤を描き、いたずらに深刻さが増すばかりであった。

店主がタニシのように動かず奇声を漏らし続けていた為、時間が掛かってしまったが、我々は満を辞して部屋のドアを開いた。

目を充血させ、込み上げる腹部の震えを筋力のみで抑えつけている店主が室内に登場した事により、パワーバランスは崩れた。

異様な迫力を醸し出す唯ならぬ店主を見て、クレーマー達の勢いは瞬く間に失速した。

そのうちの一人のクレーマーは常連クレーマーであり、バイトの者を見つけては絡むという習性を持っているようであった。
木村が全力で床職人と化した理由はここにあった。
その後、例に漏れず私も絡まれたが、あまりにも絡まれ続けた為、途中から戦友のような一体感が我々の間に芽生え始めた。

挙句の果てには「あの変な子いる?」などと無礼極まりない名指して現れ、クレームついでにお裾わけや「梅干しは焼いて食べると肩こりに良い」というお得情報などを添えて去る様になった。
梅干しの情報については感謝しかない。

そして、木村は常連クレーマーが現れる度に職人の目つきになった。
後半は木村の床を見る眼差しでクレーマーが現れた事を悟った。
店内の床は木村の手によって常に美しさを保っていた。
面倒事の数だけ、あの店の床は美しさを増していくだろう。

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