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フラワーヒル・ショートストーリー:7 『受験生にピッタシ!集中力メーカー』

フラワーヒル・ショートストーリー:7
『受験生にピッタシ!集中力メーカー』

私の声は、フワッとしていると良く言われる。
「いらっしゃいませ」
お客さんからは、聞こえないから、もっと大きな声でと言われる事もある。
私が働いているカフェは、白い壁で統一され、優しい陽射しが差し込む、私が言うのもなんだが、お洒落で素敵な店だと思う。
しかし、商店街の路地裏を二回曲がるという立地の悪さもあり、お客さんはチラホラなので、店長は、いつも奥の席でお昼寝をしている。
たまに起きると、店の奥に並べてある得体の知れないコレクション(私は謎機械と呼んでいる)の手入れをしている。
「貸し出し期間はない。必要がなくなったら返せばいい」
「お金はいらない。貸すだけだから」
店長は、この謎機械は売り物ではなくレンタルだと言って、たまにお客さんに貸している。
お客さんは困惑した表情で借りていくが、しばらくすると返しにやってくる。
不思議な事に借りていった人には、みんなこの謎機械を借りた事に感謝していた。

夏の終わりに、あの男子高校生が、謎機械を借りていった。
「いらっしゃいませ」
反応がなかった。私の声は、彼には聞こえなかったようだ。
彼はカフェに一人で来るのは初めてのようで、落ち着かない様子で窓側の席に座った。
私は彼が一番目立つ場所に飾ってある作品のモデルかもと思った。
「カフェギャラリーにしよう」
私が店長にそう提案したのは、お客さんを増やす目的もあったが、ギャラリーの作品を見るために普段このお店に来ないような人。彼のような人も来るかもと思ったからだ。
昨日から、展示作品を入れ替えている。
今度は女性作家の淡い水彩画だ。彼はどう感じるかな。
彼はキョロキョロと店内の作品を見ている。
「作家さんの知り合いですか」
彼が答えなかったので、また私の声は聞こえなかったと思ったが、
「伯母の個展です」とボソッとした声で答えた。
メニューを見ていたので、名物のデザートの焼きショコラを勧めようと思ったが、
「ブレンドコーヒー」とボソッとした声で注文してきた。
彼は何か悩み事でもあるような顔で、窓から夏で緑色になっている桜の木を眺めている。
これ以上は話しかけない方が良いと思った。
私はカウンターに戻り、コーヒー豆を挽く事にした。
すると、奥の席で眠っていた店長が起きあがり、彼の方に近づいて行くのが見えた。
店長は彼を、店の奥の謎機械コレクションの方に案内した。
「進学する目的が見つからない」「成績が上がらない」「特に英語が全然ダメ」
店長の甲高い声が店内に響き渡った。
彼はどうやら悩める受験生のようだ。
店長はA4ぐらいの白い板を彼に渡していた。
店長の話では、やる気を引き出す“集中力メーカー”という機械らしい。
「受験生にはピッタシだ」と店長は自信満々に言っているが、あきらかに彼は戸惑っている。
しかし、店長は意に介さず、集中力メーカーの使い方やどんなに素晴らしい機械なのか、彼に向かって話し続けていた。
彼は店長の圧力に押されて、集中力メーカーを受け取ってしまったようだ。
私が淹れたブレンドコーヒーを一気に飲み干すと、あっという間に出て行った。


見るからに胡散臭い。
これが集中力メーカーに対する僕の第一印象だ。
樹齢何百年の木から作ったとかなら、信じたかもしれないが、白い板はプラスチック製で、伯母が持っているファミコンという昔のゲーム機のように少し黄ばんでいた。
中央に描いてある手形に右手をのせて、下にある赤いボタンを押すと脳に電流が流れて、集中力が高まってくる…とあのカフェの店長が、甲高い声で教えてくれた
僕は効果があるとは思えなかったが、とりあえず試してみる事にした。
右手を手形の上に置いて、下にある赤いボタンを押してみた。
その瞬間、本当に電流が流れてきて、脳が活性化している感じがした。
僕は机の上にある参考書を開いてみた。
今まで理解できなかった内容が、どんどん頭に入ってくる。
次に問題集を解いてみる事にした。スラスラと問題が解ける。
凄い勢いで問題を解ける。僕は嬉しくなり、次々と問題集を解いていった。
30分程たったら、急に問題が解けなくなった。
どうやら30分しか、効果が続かないらしい。

僕は秋の中間テストで、この集中力メーカーを使ってみる事にした。
試験前にトイレに行って、鞄から集中力メーカーを取り出して使ってみた。
最初の英語のテストは完璧だった。
しかし、次のテストからは散々だった。
集中力メーカーは、連続して使うと効果が短くなってしまうらしい。
僕は英語だけが、満点だった。学校で唯一満点だった。
この結果が、僕を苦しめる事になった。
英語の教師は、僕が英語を得意だと思ったらしく、授業で毎回僕に質問するようになった。
本当は英語が苦手で、勉強もしていないから、僕は答える事ができなかった。
集中力メーカーを使ってから、授業を受けてみた事もあったが、前半は良くても後半からは効果がなくなり、「わかりません」としか答えられなかった。
こんな状況が続いたから、クラスではある噂が出てきた。
「あいつは、英語のテストでカンニングをした」
確かに、疑われてもおかしくなかった。
僕は噂を否定するため、放課後に図書館で勉強する事にした。
しかし、勉強は全然はかどらず、成績は全く上がらなかった。

「英語を教えてほしい」
彼女は良く通る声でそう言って、図書館で勉強している僕に近づいてきた。
彼女は隣りのクラスの生徒だ。英語のテストを学校で唯一満点を取った僕を“英語がペラペラ”だと思っていた。
僕は彼女の勢いに押されて、一緒に勉強する事になった。
彼女は色々と質問をしてきたが、僕は答える事ができなかった。
「ちょっと待ってくれる」と言って、僕は席を離れトイレに入った。
鞄から集中力メーカーを取り出して使った。
そして、僕は彼女の質問にスラスラと答えた。
「本当に英語がペラペラなんだね」
「毎日図書館で勉強していたから、当然だよね」
そんな彼女の言葉を聞くと、僕は胸が苦しかった。
彼女は僕に、明日も教えてほしいと言ってきた。
それから毎日図書館で待ち合わせて、一緒に勉強をするようになった。

彼女は良く話す人だった。
次から次へと止まる事なく、彼女は話してきた。
「トイレが近いんだね」
彼女は、僕が何度も席を離れるから、会話がすぐに途切れてしまう事が、不満そうだった。
集中力メーカーは、連続して使用すると効果が短くなるから、僕は何度も席を離れて、トイレで使う必要があったので、仕方がなかった。
僕は彼女の前では、英語がペラペラでいるため、集中力メーカーの力に頼るしかなかった。
「あの二人は付き合っている」
僕と彼女が一緒に勉強を続けていたら、今度はこんな噂が出てきた。
彼女とはクラスが違うし、帰り道も反対だから、一緒になるのは図書館だけだった。
でも周りから見れば、付き合っているように見えたのだろう。
その噂は、悪くないかなと思っていた。
僕は彼女と勉強する事が、楽しくなっていた。
しかし、そんな僕を打ちのめす事件が起きた。

「あいつはカンニングをしている」
「英語はペラペラじゃない。授業じゃ何も答えられない」
僕がトイレで集中力メーカーを使って図書館に戻ってくると、僕と同じクラスの男子生徒が、彼女に向かって言ってきた。
彼女に嘘がばれてしまう。僕はとても不安になった。
しかし、彼女は、そんな事はないと必死に反論した。
彼女は僕が、本当に英語がペラペラだと信じている。
彼女は僕がカンニングしていない事を証明するためと言って、英語の問題を出してきた。
問題集の中で、一番難しい問題だ。
僕は正確に答えられた。
集中力メーカーの効果があったから当たり前だ。
「英語がペラペラな所を見せてあげて」
彼女は日本語の長文が書いてあるページを広げて、僕にその長文を英語でスピーチするように言ってきた。
もう少しで、集中力メーカーの効果が切れそうだ。
僕はマシンガンのような早口でスピーチをした。
スピーチが終わったと同時に、集中力メーカーの効果がなくなった。
これ以上質問されたら、何も答えられない。
僕が英語を話せない事がばれてしまう。
僕は今すぐ、この場から逃げ出したくなった。
しかし、僕の心配は回避された。
早口でスピーチした事で、本当に英語がペラペラだと思わせたようだ。
「ほら、ちゃんと勉強をしているから、英語がペラペラなんだよ」
彼女の良く通る声が、静かな図書館中に響き渡った。
同じクラスの男子生徒は、彼女の迫力に押されて、逃げるように帰っていった。
彼女は、僕を信じている。僕の嘘を信じている。
「さあ勉強を続けよう。またわからない場所を教えてね」
僕は彼女の顔を、まとも見る事ができなかった。
「急ぎの用事がある」と言って、僕は平静を装って、一人で先に帰った。

家に帰ると、伯母が遊びに来ていた。
「個展を見に来てくれて、ありがとう。またモデルお願いしてもいい」
「今日は簡単なクロッキーだから、すぐに終わる」と強い声で言って、僕の手を掴み、強引に僕の部屋まで連れていった。
あのカフェで展示されていた作品も「受験生だから、勉強を優先させたい」と母は反対していたが、「たまには息抜きをした方が良い」と伯母が強い声で言って、母の反対を押し切り、夏休みに何度もアトリエに呼びつけて、僕にモデルをさせて描いた作品だ。
伯母は、僕をモデルに描きながら、ロンドンで個展をしたとか、夢に出てきたからロサンゼルスに行ったとか、世界中を飛び回って、絵を描いている話をしてくれた。
「いつまでも、フラフラしている」と母は伯母の生き方を良く思っていなかった。
そのせいか二人は、意見が合わない事が多かった。
僕は、そんな伯母の自由な生き方に憧れていた。
自分には、無理だと思っていたが…。

伯母は僕をモデルにして、クロッキー帳に描き始めた。
「自然のままでいいよ」
特にポーズなどは、指定されなかった。
伯母は僕の周りを何度も回り、場所やアングルを変えたりして、何枚も描いている。
部屋の中は、伯母がクロッキー帳に、線を引く音しか聞こえない。
その音を聞いていると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
気がつくと、僕は伯母に、図書館での彼女との出来事を話していた。
もちろん集中力メーカーについても話していた。
伯母はあのカフェで個展をしていたから、集中力メーカーの事も信じてくれると思った。
伯母は手を止めずに、描き続けながら、
「ちゃんと勉強すれば良いじゃん」あっけらかんと答えた。
「勉強してもわからないから、困っているんだよ」と僕はボソッとした声で言い返した。
じーっと、伯母が僕の顔を見ている。
「それなら、彼女と一緒に勉強すれば良いじゃん」今度は強い声で僕に言ってきた。
しばらくして、線を引く音が止まった。
どうやら描き終わったようだ。
伯母はクスっと笑ってから、クロッキー帳を1ページ破いた。
そのページを僕に渡して、部屋から出て行った。
そこには、涙を流している僕の顔と「君ならできる!」と力強い文字が描いてあった。

翌日、図書館へ行くと彼女が待っていた。
「急ぎの用事は、間に合った」
彼女は、また僕の嘘を信じてくれた。
彼女が問題集を広げて、僕に質問してきた。
僕がすぐに答えないから、彼女は不思議そうな顔で見ている。
僕は何とか答える事ができた。
昨日徹夜で、勉強した効果があったようだ。
僕は彼女の質問に答えられるように、毎日ちゃんと勉強するようになった。
それでもわからない時は、彼女と一緒に考えて、答えを導き出すようになった。
「トイレが遠くなったね」
ある日、彼女が笑顔で言ってきた。
確かに、僕は集中力メーカーを使わなくなり、途中で席を離れる事がなくなった。
僕と彼女の会話が、途切れなくなってきた。
飼っている猫、好きな作家、将来は海外に行きたい…
彼女はそんな事を、僕に話してくれた。
カフェでの伯母の個展、集中力メーカー、僕も将来は海外に行きたい…
僕はそんな事を、彼女に話していた。
僕と彼女の会話は、いつまでも途切れなくなっていた。


春の始まりに、あの男子高校生が、またやって来た。
「いらっしゃいませ」
彼は会釈をしてくれた。今度は彼にちゃんと聞えたようだ。
夏の終わりに来た時は、彼はカフェに来るのも初めてのようだった。
店長から謎機械“集中力メーカー”を借りて、ブレンドコーヒーを飲むと、すぐに帰っていった事を思い出した。
今日は、可愛いらしい彼女と一緒だ。
まるで常連客のように振る舞い、この店の事を話しているのが、微笑ましく思えた。
昨日から、展示作品を入れ替えている。
今度は女性作家の抽象画だ。二人はどう感じるかな。
彼は展示している作品に少々戸惑っているようだが、彼女は興味を持ったようだ。
彼女は店内の作品をじっくり見てから
「力強いけど、優しさがあって、ずっと見ていたくなります」
私とは正反対の良く通る声で感想を言って、カウンターに置いてあった展示のダイレクトメールを手に取り、彼を残して窓側の席に座った。

残された彼は、鞄からあの謎機械“集中力メーカー”を取り出した。
受験勉強に悩んでいたようだったけど、役にたったのだろうか?
彼は、志望する大学には合格したが、進学しないらしい。
詳しくは聞かなかったが、彼なりに良く考えて決断したようだ。
母には猛反対されたが、伯母は賛成だったと話してくれた。
彼女なら、賛成するかな。
彼の顔を見ていたら、前向きな決断をしたのだと思えた。
私も賛成したくなった。
「大学に行くだけが人生じゃない。色々な生き方があるよ」
私はフワッとした声にならないように、力強くエールを送ってみた。
彼は安心したような笑顔を見せて、「この機械のおかげです」と集中力メーカーを私に返して、彼女が待つ窓側の席に向かった。

彼女は展示作品について、話し続けている。
彼はずっと下を向いたままだ。
二人の会話が途切れているから、大丈夫かなと思った。
でも、私には彼が何か決意をしているようにも見えた。
そして、彼は急に立ち上がりスピーチを始めた。
他にお客さんはいない。
お店の中には、私と彼らだけだ。
店長もいるけど、お昼寝中なので…気にしなくても大丈夫だろう。
私はコーヒー豆を挽きながら、こっそり耳を傾ける事にした。
彼はビックリするぐらい流暢な英語を、力強い声で話している。
私は英語が苦手なので、彼が何を話しているのか理解できない。
彼女が、何か間違いを指摘している。
単語なのか、文法なのか判らない。
でも、些細な間違いなのだろう。
彼女の顔を見れば、何となくわかる。
彼のスピーチが、終わったようだ。
彼のスピーチは全編英語だったので、私には良く理解できなかった.
でも“Dream”と“Hope”はしっかり聞き取れた。
私は淹れたてのブレンドコーヒー二つ、
デザートの焼きショコラを持って行く事にした。
二人はとても晴れやかな顔をして、窓から満開の桜を眺めていた。

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