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地元は大切な場所だけど、あえて近づかない時期があってもいい

「地元には戻られるんですか?」

そう聞かれるたび、私は胸がギュッと締め付けられる気持ちになる。

悪いことをした訳ではないのに、
後ろめたさに似た感情を持つのはなぜだろう。


大学受験のとき、こんな志望動機を書いていた。

「福島の復興を教育の立場から後押ししたい。だから私は教師になりたい」

”自分が育った地元のために、何かしなければならない”

本心半分、責任感のような気持ち半分。

ただ、その責任感が私が学びたい理由、
学生としての存在意義を持たせてくれていたことは間違いない。

大学と地元と私

大学入学から4ヶ月後。
大学初めての夏休みを迎えた私は、岩手県の小中学生へ学習支援を行う
大学主催の1週間プログラムに参加した。

学生ポータルサイトのお知らせ欄にたまたま見かけたプログラムの告知。
考えて3秒で、申し込みをした。

サークルとバイトのルーティンを送る日々に、
刺激が欲しかったのかもしれない。

4ヶ月の大学生活を経て、「大学生は学校に期待しすぎない方がいいんだ」とほのかに感じていた私は、正直自分の決断にそこまで期待していなかった。


けれども、そのプログラムでの1週間、中でも東日本大震災で被害が大きかった沿岸部のフィールドワークは、予想を遥かに超える大きな衝撃をもたらす経験になった。


6階建の建物の4階までが浸水し、震災遺構となったホテルから眺める海。

街中にたたずむ歩道橋に残る水の跡。


内陸部で被災した私にとって、生々しい光景の数々。

「やっぱり、私は地元のために何かしないといけない」

当時の自分は、強く、強く決意をしていたように思う。

岩手での決意から4年経った今、地元には戻らなくてもいいと考えはじめた

私は来年、東京にある会社に就職しようと思っている。

”地元のために”

その感情は、なくなった訳ではない。
変化したのだ。

地元への責任を感じる必要はないと、考えるようになった。

就職するという形ではなくても、地元への関わり方は色々ある。
だから、色々と考えてみた。


でも考えれば考えるほど、敏感になったのはしんどくなる自分。

自分の手で見たい世界を狭めているような、
まるで手足におもりがついた感覚にとらわる時もあった。

地方創生、地域活性化というキーワードを聞くほど、
私は胸を締め付けられる。

たぶん、私がやらなければならないと、
やっていきたいと思っていたことは、このキーワードのそばにあるはずだ。


でも今は、私は近づかなくてもいい時期だと割り切るようになった。

それは決して地元から離れたいとか、関わりたくない訳ではなくて、
人生の大部分に影響をくれた地元という場所に、
もう少し先で、もう少し丁寧に向き合ってみたいから。

進めない自分に言い訳をしているんじゃないかと不安になるけれど、
明日もとりあえず、目の前にある道を進んでみようと思う。

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モヤモヤな日常を着飾らず言葉にしたい23歳。