「チョコレートを食べすぎてしまう」をデザインする
デザインとは問題を解決すること。
こんにちは。86400"の山本です。
この記事では、僕たちがデザインしたものについて、どんな問題に、どう応えたのかを振り返って記しています。
今回は額縁形コースター「チョコレートの台座」についてのお話です。
最終的な、問題QとコンセプトAは以下の通り。
一喜一憂しながら進む手探りの商品開発記。
それでは、はじまりはじまりー。
① 条件は金属でつくること!
商品開発にあたり、金属でつくることだけは最初から決まっていました。「何か考えてきたらつくってやるよ」とは、知り合いの金属加工職人の言葉。
僕はこれまでオーダーメイドでつくる建築デザインの仕事に携わってきましたが、加えて広く販売するプロダクトデザインもやってみたい。そんなタイミングでの商品開発として、このプロジェクトはスタートしました。つまり、ほぼはじめての商品開発です。
まずは、金属について調査。
職人と話していると、工場の奥からあれやこれやと試作品が出てきます。これ、このまま売らせてと言いかけたところで、「バカやろう」の一言、いただきました。
他にもネットや参考書などで情報を集めていきます。
(ちなみに、金属加工に関する参考書はなかなか見つかりませんでした。聞いたところによると、加工の難しさから趣味にもなりづらく、簡単に新規参入できないなどが理由のようです。)
性質でいえば、光沢感、硬い、経年変化、熱伝導率、通電性などなど。商品だと、銅鍋や、タンブラー、解凍用アルミプレートなどがあり、熱伝導率を利用したものが多い印象。熱伝導率…
② 昨日の僕と雑談する
その人らしさ・その材料らしさ・その場所らしさを形にしたい。建築デザインをするとき、僕が大事にしていることです。
例えば、家を建てる。賃貸だって素敵な物件がたくさんある今の時代で、それでも建てるというのはとても大きな決断です。であれば、それぞれの暮らしぶりに合わせてもっと自由に、この機会でなければできないものを提案したい。そうすれば愛着を持って使ってもらえるんじゃないか、そんな想いから大切にしてきました。
社会問題、企業の課題、不便の解消…
どんな問題Qに応えるかはデザイナーによりそれぞれなのですが、僕が問題Qを設定するときはクライアントと雑談をしながら、その人らしさを感じるエピソードを元にするようにしています。
この考えはきっとプロダクトにも通じるはず。たった一つのニーズから始まったとしても、それがリアルなものであれば共感でたくさんの人と繋がることができるのでは。ということで、まずはいつものやり方でやってみようということに。
そうなると、クライアントが必要。
候補になってくれそうな家族や友人にあれやこれや聞いてみるも、なかなかうまく見つからず…
結果、クライアント=僕、デザイナー=僕ということに。
じゃあ、どうやって自分と雑談するのという問題が。仕方がないので、自分の生活や癖をメモしておき、後日見返すことでキャッチボールしていこうということに。その時の雑談メモはこんな感じです。(実際はもっとたくさんありましたが、恥ずかしいので一部です。)
こうやって書くとちょっと変な感じになってきましたが、このプロジェクトは僕個人ではなく、チームで臨むものでした。担当デザイナーが僕というだけで、実際にはメンバーと相談しながら進めていったので、ひたすらな孤独がつくり出した商品ではないです。念のため。
③ 世の中には既にいろんな商品がありますね
いきなり問題QやコンセプトAを考えても、僕の場合は案が浮びません。大振りせず、情報収集と、ふと目にした全く関係のなさそうなものを当てはめていく作業、あとはちょっとした思いつき程度の提案をポンポンとメモしていきます。
あくまで気軽にということで、ノートではなく、ブロックメモです。
そうこうしていたある日、熱伝導率といえば…金属の氷ってあるのかな…石の氷は知ってるけど、金属は…あれ、もしかして…
こういうときは、少し体が熱くなりますよね(氷の話をしていて、熱いとかややこしいんですが)。心を落ち着かせるように、同じような商品がないか、とりあえずググる。
すると、サイコロみたいな正六面体のものや、まんまるのもの、弾丸型なんてものも…どれもウイスキー用のようですが、いろいろな商品が出てきました。
ダメだーーー
いやいや、そもそも金属の氷で何するの?グラスに負担かかるんじゃないのー?思いつく限りの悪口を並べて体の熱を取っていく、いつもこの作業の繰り返しです。(長所ばかりが目につくときは、ひたすら熱が上がっていきますね。)
んん、でもグラス用じゃない金属の氷だったらどうだろう。液体じゃなくて、何を冷やすのか?雑談メモの中から「チョコレート」の文字を見つけて…また体が熱くなっていくのを感じていました。
④ おざなりな関係にさようなら
「仕事中、チョコレート食べすぎる」、雑談メモの一文です。
お昼にコンビニで買ってきた板チョコが、気がつくと夕方にはなくなっていた、という繰り返しの日々。1列割っては、バリバリ。美味しく食べてるならまだしも、流れ作業といいますか…我慢できませんでした。
おざなりなチョコレートとの関係を断ち切りたい。そんな問題に対して、チョコレート用の氷は一粒と真摯に向き合うための道具として成立するかもしれない。
氷なんてなくてもチョコレートを冷蔵庫に入れておけばいいじゃん、ただ手間が増えるだけなら面倒くさくて使わないよな…課題は山積みですが、実物を見てみたい気持ちの方が勝るこの状況では、その辺りは実験してからということに。
仮とはいえ、これでめでたく問題QとコンセプトAが出揃いました。
⑤ 階段、花びら、きのこ…いろんな形をつくりました
金属の塊でチョコレート用の氷をつくるべく、先の金属加工職人に恐る恐る相談。「そんなつまらねえもの」が来るかと思いきや、「意外に見たことないな」と受け入れてくれた様子。一安心!ツテのとある富山の鋳物工場で、サンプルをつくってくれることになりました。
ただ、「売れねえぞ」は添えられました。
決まっているのは、チョコレート一粒が載る大きさということだけ。まずはスタイロフォームや粘土などで形を探っていきます。
・何かのモチーフでつくるパターン
・チョコレートを載せたときに完成するパターン
・機能的なパターン
・美しさを求めるパターン
…
とまあキリがないので、厚みによってどの程度 冷却・保冷効果に差が出るのかを調査するため、薄く平たい水滴型、厚みのある鉱物型の2つを製作することに。
こちらでブロックワックス(上の写真)というロウの塊を削って作製し、工場へ送ります。
2週間ほどで鋳物になって手元に届きました。
ちなみに素材は、鉛中毒に配慮したSi <ケイ素> ブロンズを採用しました。手に取るとずっしりとした重み、金属の塊ということがよくわかります。
ただ、そんなことより、表面があまりにも…なんというか、もっと綺麗な感じを想像していたので、ひたすらショックでした。(あまりに無知でした…)
「あーあ、これは研磨代がかかるゾ。製造コスト、知らねえゾ…」の声を心に感じながら、聞こえないフリで乗り越えます。
とりあえずサンプルは気合入で乗り切ろうということで、表面をサンドペーパーでガシガシ磨いて、金属サンプルの完成。早速、実験開始です。
⑥ 実験で思わぬ発見があるとご機嫌です
<冷やしてみよう>
あらかじめ一晩冷凍庫で冷やしておいた金属サンプルをテーブルに取り出し、1分ごとに表面温度を計測していきました。こちらがその図です。(ここでは鉱物型の方をご紹介します。)
面白いのは最初の2分間。
冷凍庫から取り出すと、金属表面が白く覆われ、キラキラと輝いていきます。霜です。キンキンに冷やされた金属が室温に触れることで結露し、その水分がまた金属で冷やされ瞬時に霜へと変化していきます。その結果、最初の2分間は表面温度が下がっていくという面白い結果に。その後は霜を少しずつ溶かしていきながら、30分以上かけて室温になりました。
確かに、冷凍庫からものを取り出すと霜がついてきますが、霜がこんなに美しいとは全く予想しておらず、ただただびっくり。特に鉱物型の方は多面体ということもあり、霜の美しさがより映える形状でした。すごい!
今度はチョコレートを載せてみます。冷えた金属サンプルにチョコレートを載せて数分待ち、口に運ぶ。すると接地面だけが冷えて舌触りがいい。冷蔵庫にチョコレートを入れっぱなしにしておいたときのあのパリパリ感とはちょっと違う食感…いける!
<温めてみよう>
そうなると、金属を温めてチョコレートを溶かすのもいけるんじゃない?
はやる気持ちを抑えつつ、沸騰したお湯に金属サンプルを数分間浸し、温度変化を計測。
お湯から取り出した金属サンプルは60℃からスタート。そこから放物線を描くように少しずつ温度を下げ、30分以上かけて室温に。
チョコレートを載せてみると、溶けて漂う甘い香りがいいことと、溶けるときのチョコレートのテカリ具合が食べどきの合図になるといった発見がありました。
液体状というより、どろっとした感じで留まるチョコレートをパンにつけて食べてみます。が、綺麗にすくい取るのが結構難しい。でもチョコレートを食べすぎないための道具なので、この難しさはむしろ良いかも。溶けたチョコレートは甘味が増す(実際にはそう感じるだけのようです)ので、味的にもアリ!となりました。
冷やす・温めるという2つの実験を通じて、目で、鼻で、口で、さまざまにチョコレートを味わい尽くすことができるということがわかりました。このプロダクトがあれば、チョコレートを楽しみながら、一粒でも十分に満足感を得ることができそうです。
⑥ 全てはAの仰せのままに
ここからは、「コンセプトAを叶えるための具体的な方法は?」という基準で、仕様や使い方などを整理していきます。
整理した結果、サンプルの鉱物型をベースにして、ブラッシュアップしていく方向になりました。
このあたりで、チームだけでなく、家族、友人・知人など、この商品開発の前提を知らない人に感想を求めました。どのタイミングで誰に聞くかはすごく大事なポイントだと思っていて、相談相手を間違うと課題が出てこなかったり、びっくりするほど簡単に頓挫したりしてしまう経験もあります。
今回挙げられた課題は以下の通り。
「この形、使いにくい!」
やはり、これが真っ先に挙がりました。
ちょっと触っただけで倒してしまいそう、パンで溶けたチョコレートをすくうのが難しいといった感想がありました。
ただ、この辺りはコンセプトAに照らし、チョコレート一粒との儀式の邪魔にならない使いにくさは問題なしとしました。
何より、使いやすさが食べすぎにつながっては元も子もないので、ここは特に慎重に判断しました。
「もっとたくさんチョコレートを並べたい」
来客時のおもてなしに、レストランのデザートに、そんなシーンを浮かべての意見です。高級なチョコレートを3つくらい並べるための器。これはコンセプトAとは関係のない話になってしまうので、もし叶えるとすればそれは別の商品でということに。
「トングを使う必要がある」
「すぐ洗って乾燥させないとダメ」
確かに別の道具を持ち出すのは面倒。しかも鉱物型のものをトングで掴むのも多少テクニックが必要です。また、コーティングをしていないので、洗わず放置すると変色してしまいます。ただ、これもコンセプトAに照らし、儀式としてポジティブに受け止めようということになりました。
「冷やすと金属が手にくっつきそう」
「冷凍庫に直置きは衛生的にイヤ」
「テーブルに直置きはイヤ」
こちらはコンセプトAとバッティングしない、ただただ使いにくいという話です。これは対応せねばということで、後に木製の受け皿を付属品として採用しました。受け皿ごと冷やして、テーブルでも使います。
「溶けた様子が美しくない」
「温めた時の見た目、やばくない?」
僕個人としてはさほど気になりませんでしたが、チョコレートの色も相まって、なるほど不快に思う人もいるか…温めることは推奨せず、冷やすための道具としてはどうかという意見もありました。
ただ、チョコレートを味わい尽くす方がコンセプトAに一致するのではないかということで、使い方の選択肢を狭めず、温める方も提案に含めることとなりました。
「使わないときはどうする?」
確かに、毎日この儀式をするのはイメージしにくい。食べ過ぎてしまいそうなときや、ゆっくり時間が取れてチョコレートを味わいたいときに楽しむ道具です。
ということで、使わない間はディスプレイ。
どの角度から見ても印象が変わるように、多面体の面数、各面の角度や大きさを調整。この正解の見えにくい作業にかなりの労力をかけてもらって、鉱物型がより美しい形にブラッシュアップされていきました。
さらに、十六面の多面体のうち、印象の異なる七面で自立する形状にして、さまざまな角度で飾れるようにデザインを修正しました。
⑦ 削れて舞い散る粉はなかなか綺麗です
形に合わせて製造方法も決定。ベルトサンダーに鋳物を押し当てて、十六面のうち七面自立という繊細な形状に磨いていきます。
ここでは、金属の高い熱伝導率がウラ目に。摩擦ですぐ熱くなるので手で持っていられず、冷水で冷やしながら削っていきます。危ないので手袋も使えません。(そもそもベルトサンダーの回転が早くて、金属を押さえるだけでもキツイ!)
金属表面の研磨傷にチョコレートが詰まらないよう、ベルトの目を細かいものに徐々に変えていって、途中からは機械を使わず手で磨いていきます。他にもこの形状のせいで、メッキするのが難しかったり…ごめんなさいつくる人。
そして嵩んでいく製造コスト…
⑧ パッケージでしょ、あと説明書と、名前も…
最終的には、食品衛生法などを考慮し、種類はSi <ケイ素> ブロンズに加え、ブロンズの表面に銀メッキを施した2種類に。
パッケージは専用ボックスを用意。
じっくり相談できるところを探して製作をお願いしました。
貼り箱+ウレタンのクッション材という仕様です。クッション材を商品の外形にぴったり合わせることも検討しましたが、商品を一つずつ手で研磨して製作する都合上、形や大きさに個体差がでしまいます。それを受け止めてくれるよう、四角いくり抜きに。
その他もろもろ事務的なことをクリアして、ついに完成です!
名前は、チョコレートが鎮座するための台座という意味で、「チョコレートの台座」となりました。英語名は「Chocolate Pedestal」。
(実は販売当初、英語名を「chocolate stool」としていたのですが、取引先から連絡をもらい変更した経緯があります。スラングで〇〇〇を意味するらしく…それだけはだめだ… ああ調査が甘かった…)
と、完成までの商品開発物語をご覧いただきました。
このプロダクトは、2018年にANA-WonderFLY CREATIVE AWARDを受賞、クラウドファンディングを経て商品化されました。
来客時に使いたい、バーでチョコレートを提供する際に、知り合いの飲食店に預けて来店時に使う。さまざまな使い方を想定して、この商品をご購入いただきました。
最近はメディアで取り上げていただくこともあり、とてもありがたいです。
ただ、実際に販売してみて、やはり売りづらい商品であることは間違いないです。
特に価格面やどんな人に向けて訴求していくべきか、たくさん悩みました。
この辺りの苦悩は、販売担当の目で話した方がわかりやすいと思うので、気が向いたらそちらの記事も書いてみようと思います。
やり方に正解はないと思いますが、もう少し多くの人に届くようにするには、もっともっと力をつけなければいけない。そういう気持ちで、今回できるだけ飾らずに書いてみました。
僕たちの取り組みはこれからも続きます。また別の商品についても、ここで書いていきたいと思います。
<この記事に登場した商品の情報>
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