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短編小説 『せめて、人間らしく』

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常人と真逆の味覚と嗅覚を持って生まれてしまった少年の一生。
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短編小説 『せめて、人間らしく』 後編

短編小説 『せめて、人間らしく』 後編

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〈2017年〉

「ユキオは寒がりだから、マフラーにしたんだ。バーバリーだよ」
 ナナオは、オレンジ色のタータンチェックのマフラーをユキオの首に巻いた。「部屋の中じゃ暑いよ」と笑いながらユキオがそれを外すと、「えへへ」と嬉しそうに笑った。
 何かの記念の日、ユキオの体質のせいで二人は外で祝うことが出来ない。今年で二十回目のクリスマス。二人で過ごすのは、驚いたことにもう七回目だ。周

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短編小説 『せめて、人間らしく』 中編

短編小説 『せめて、人間らしく』 中編

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〈2014年〉

 暗く狭い部屋の窓から月明かりが差し込む。自分の冷たい体をナナオの温かい体温が包み、不覚にも心が解けていく。絡めあった指から、ナナオの汗を感じる。重なる胸から伝わる鼓動、耳元に拭きかかる熱い吐息。
 ナナオは、何度もユキオの名前を呟いた。ユキオにはそれが、遠ざかっていく誰かを呼び止める声のように聞こえた。

 一般大に行けばいいのにと、何度も勧めた。ナナオは勉強ができる

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短編小説 『せめて、人間らしく』 前編

短編小説 『せめて、人間らしく』 前編

 まるで、景色一面に咲くオレンジの花に囲まれて微睡むような気分の中で、甘く芳しい香りに包まれながら目を閉じた。皮膚が筋肉を締め付けているのかと錯覚するほど体の中身はなくなり、体の先端にかけて痺れがある。脳はほとんど運動をやめたようで、意識が遠のいていく。もうすぐ会えるかもしれない、と、ユキオは彼女のことを想った。



 夢を見た。長い長い夢だった。人はその夢を、もっと他の言葉で表すのかもしれない

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