新宮航 | Wataru Shingu

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マガジン

  • 短編小説 『せめて、人間らしく』

    常人と真逆の味覚と嗅覚を持って生まれてしまった少年の一生。

  • 短編小説

    一万文字前後の短いお話です。暇な時に軽い気持ちで読んでいただけたら幸いです。

  • 長編小説 『残暑』

最近の記事

短編小説 『せめて、人間らしく』 後編

前編へ 中編へ 〈2017年〉 「ユキオは寒がりだから、マフラーにしたんだ。バーバリーだよ」  ナナオは、オレンジ色のタータンチェックのマフラーをユキオの首に巻いた。「部屋の中じゃ暑いよ」と笑いながらユキオがそれを外すと、「えへへ」と嬉しそうに笑った。  何かの記念の日、ユキオの体質のせいで二人は外で祝うことが出来ない。今年で二十回目のクリスマス。二人で過ごすのは、驚いたことにもう七回目だ。周りの友人たちはその長さに驚きながら、なぜそんなに続くのかと疑問に思っていた。  

    • 短編小説 『せめて、人間らしく』 中編

      前編へ 〈2014年〉  暗く狭い部屋の窓から月明かりが差し込む。自分の冷たい体をナナオの温かい体温が包み、不覚にも心が解けていく。絡めあった指から、ナナオの汗を感じる。重なる胸から伝わる鼓動、耳元に拭きかかる熱い吐息。  ナナオは、何度もユキオの名前を呟いた。ユキオにはそれが、遠ざかっていく誰かを呼び止める声のように聞こえた。  一般大に行けばいいのにと、何度も勧めた。ナナオは勉強ができるから、東京の有名な大学にだって合格できるとユキオは考えていた。それでもナナオは頑

      • 短編小説 『せめて、人間らしく』 前編

         まるで、景色一面に咲くオレンジの花に囲まれて微睡むような気分の中で、甘く芳しい香りに包まれながら目を閉じた。皮膚が筋肉を締め付けているのかと錯覚するほど体の中身はなくなり、体の先端にかけて痺れがある。脳はほとんど運動をやめたようで、意識が遠のいていく。もうすぐ会えるかもしれない、と、ユキオは彼女のことを想った。

  夢を見た。長い長い夢だった。人はその夢を、もっと他の言葉で表すのかもしれない。 〈2001年〉  お花みたいだね。
  どこからか聞こえた少女の声。何を

        • 短編小説 『MINT』

           ざらついていた舌がメローイエローで溶ける。揺らめく濃紺は音を立てずに点々と月明かりを反射していた。静かな宵闇に「ぷは」とクラスメイトの間抜けな声だけが小さく弾けた。 「アンタって、スイカに塩をかけるタイプ?」  手すりに座って、地面から離した足をプラプラしている彼女の質問に、「まさか。正気の沙汰じゃ無いよあんなの」と答えると、彼女は「私も。でも今なら何となくその気持ちが分かるかも」と、コカコーラの赤い缶に口をつけながら言った。 「どうして塩をかけるとスイカは甘くなるの?しょ

        短編小説 『せめて、人間らしく』 後編

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        • 短編小説 『せめて、人間らしく』
          3本
        • 短編小説
          4本
        • 長編小説 『残暑』
          0本

        記事

          短編小説 『本能が鳴る』

           リビングにある固定電話のベルが鳴ることなんて滅多にない。そのほとんどが今の時代はセールスの電話だから、応答しないことが多い。それでも続け様に何度も鳴る電話に私は手を伸ばそうとした。 「母さん。電話、出ないでいいよ」  ソファーにうつ伏せで寝転がり、クッションに顔をうずめる息子の声に手が止まった。 「あんた、もしかして今日バイトサボったの?」  私の声に息子は、「うん」と力なく答えた。そして「てか、もう行かない」と続けた。家の電話のベルが鳴りやむと、次はテーブルに置いてあった

          短編小説 『本能が鳴る』

          短編小説 『駆け抜けろ悪路』

           私に全てを与えてくれたのは、アディダスのジャージだった。  中学に上がったあたりから、完全に周りの女の子について行けなくなった。太い眉毛、一重の瞼、丸い鼻、分厚い唇。ろくでなしブルースの千秋だって眉毛が太いし、スラムダンクの彩子さんだって唇がぶ厚いのに、私の前には根の優しいヤンキーなんて現れなかった。なで肩でくびれも無いし、かと言って出っ張っているものも何もない貧相な体。可愛い女の子が履いている様な短いパンツも、肩の出たシャツも私には似合わないから、いつもバスケのパンツと無

          短編小説 『駆け抜けろ悪路』

          短編小説 『ビー・マイ・ファースト』

           あれから三人目の、今現在の恋人は見聞を広めることに貪欲で、読書家な女性だった。
   僕は付き合う女性の前で必ず呟く言葉がある。その言葉に大きな意味は無いけれど、なんとなく響きが愛くるしく、そしてその言葉に対する恋人たちの返答が、僕の寂しさを拭ってくれた。
   またなんとなく、う歌でも口ずさむかのようにその言葉を呟くと、読書家なその恋人は、僕の言葉に過剰なまでに胸をときめかせた。
  「アナタのことを私は、もっと無知蒙昧でドライな人だと思ってた」
  恋人のその言葉に僕は

          短編小説 『ビー・マイ・ファースト』