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クリスマス前の金曜日、新幹線に乗って。 #恋愛小説

 終業時刻の定時は、17時15分だ。始業時間が8時30分と早くて、早起きしなければならないのはつらいけれど、早く退社できることは、単純に嬉しい。

 定時になるとほぼ同時に退勤し、急いで荷物をまとめると新大阪駅に向かった。18時20分発ののぞみに乗ったところで、ほっと息をつく。これで21時前には東京に着ける。彼の携帯に到着時刻を伝える。はやく会いたい。

 遠距離恋愛の恋人と過ごすクリスマスは、今回が最初であり、そして、おそらく最後だ。
 別れ話があるわけではない。すでにプロポーズをされていて、来年の春には結婚することが決まっているからだ。

 彼はもともと、わたしが東京で働いていたときの同僚である。2年間、同じ部署で働いていて、比較的仲は良かった。けれども、そのときの彼には相手がいたから、好意がそれ以上に発展することはなかった。

 わたしはわたしで、その当時は、関西に帰りたい、ということばかり考えていた。友人の多くは関西にいたし、もう老犬になってしまった実家の愛犬に会う機会は、できるだけ多く持ちたかった。実家で食べるお好み焼きは絶品で、東京で食べるものは物足りなかった。毎年のように異動希望を出していたけれど、なかなか叶わなかった。

 同僚として働いていたときから2年が過ぎると、わたしは念願の大阪異動になった。そして同じころ、彼には特定の相手がいなくなった。それから、何となく東京に行ったりするときに食事をしたりするようになり、しばらくして付き合うようになった。
 「あえて遠距離になってから付き合うようになるなんて、人生、何があるかわからないよねぇ」と、彼とは、そんな話をする。わたしたちは、東京、横浜、名古屋、京都、大阪、そしてわたしの実家のある神戸と、ほぼ東海道新幹線の路線に沿うような場所で、月1回くらいデートを重ねた。

 そして付き合って1年目の記念日、わたしは彼のプロポーズを受け入れ、結婚することが決まった。

 新幹線の窓から外を覗く。覗く自分の顔が反射するほど、外は暗い。
 年末が近づくこの時期に新幹線に乗っていると、東京から関西に帰省していたときのことを思い出す。

 年末の東海道新幹線は、帰省ラッシュの象徴だ。新幹線の本数は増便され、山手線のような短い間隔で駅には電車がやってくるけれど、混雑のすべてをおさめきるには、まだ足りない。絶えずホームは、乗客であふれている。

 ただし、ホームにあるのは、どちらかと言えば、笑顔が多い。故郷に帰ることや、旅行に出かけることの喜びを、隠さない顔が多くみられる。子ども、学生、サラリーマン、家族連れ、みんながどこかわくわく、そわそわとしていて、独特の高揚感がみなぎっている。

 帰省するとき、一番わくわくするのは新富士駅付近で、つまりは富士山の近くを通るときだ。そして、米原駅の付近を通るときが、その次に好きなときだ。
 東海道新幹線の路線の中で、だいたいこの周辺だけが、いつも雪が降っている。「雪景色」と呼ぶよりも、「吹雪」と呼びたくなるような寒々しい景色で、決して明るく楽しいものではないのだけれど、とにかく好きだ。「ここからが関西」ということを示す、大切な節目の場所みたいに感じられる。

 今回は、逆方向だ。今日の米原駅周辺は、暗くてあまり見えないけれど、雪は降っていないようだ。それでも、ここが関西を出る場所なのだ、と思う。ここから、東海へ、関東へ。
 はやく、彼に、会いたい。故郷を遠く離れていく、切ないはずの電車が、とてもいとおしく感じられる。

 結婚しても、いっしょに暮らす日がいつ来るのかは、わからない。彼もわたしも全国転勤の仕事を続けるし、異動希望が叶いづらいことは、よく知っている。少なくとも、結婚して1年間は遠距離夫婦だろう。

 だから、きっと今後も間違いなく、何度も彼に会うために、新幹線に乗る。
恋人の期間のあいだにも、夫婦になってからも、きっと何度も乗る。そして、彼も新幹線に乗ってやってきては、帰っていく。また、何度も、駅で新幹線に乗る彼を見送ることになる。

 のぞみ号の新大阪—東京間は、約2時間半。あと2時間。はやく、着かないかなぁ。
 祈る気持ちで、ふたたび窓の外を見た。

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お読みいただきありがとうございました。
「今週は1週間に4回記事を書く」ことを目標にしているのですが、土日はどうしてもパソコンの前に座れなさそうなので、1日に2回更新しました。(正確には、日付は変わっていますね。)
急いで書いたところもあるので、誤字等あれば大変申し訳なく思います。

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みなさまが、素敵な週末を、クリスマスを過ごされますように。

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