見出し画像

書きたい生活

この本に出会ったのはブックカフェだった。
まず表紙のインパクトに目を奪われ、著者をチェックするとあの『常識のない喫茶店』を書いた方だったかと納得。
前作の後日談と、著者のこれからに向けて日々過ごしていく様子を綴った日記エッセイである。

『常識のない喫茶店』を読んだときは、きっと機敏にお客さんを捌くしっかり者ではっきり意見の言える人なんだろうなと思っていた。
もちろんそういう一面もあろうが、自分の周りにいる人をすごく大切に想っていて、繊細で感受性がとても豊かな人なんだなという印象をさらにもった。


居心地が良すぎて気付けば5年も働くことになった喫茶店での出来事は、彼女にとっていつまでも心を支えてくれるものになったようだ。

きっと何年経っても、『常識のない喫茶店』で働いた日々は色あせることなく、わたしの心のなかで生き続けるだろう。
(中略) 変わらず、わたしの一番であってほしい。美しい花々、煌めくランプ、夢のなかのような空間。ずっと続くと信じている。

思い返すと自分も、学生時代のアルバイトが心の拠り所だった。勉強する意味を見出せなくなり将来への不安を抱えていた時、バイト先に行けばその時だけでも辛い気持ちを横に置くことができた。仕事は忙しくても楽しかったし、なにより同僚と一緒に作業しながら話をするのが癒しだった。
読みながら大切な思い出を重ね、自分もじんわりと心が温まった。


内容はエッセイの中に日記が挟まっているのだが、全体を通してずっと彼女の日記を読んでいる気分だった。
日記はその日あったこと・思ったことを忠実に書いていて、エッセイではこれまで感じてきたことや過去の体験も差し込まれ、言葉や表現で彩りが加えられている。

喫茶店で本を読む時間や、一日の終わりに部屋で日記を書いている時間が何よりの癒しなのは、ずっと変わりない。
(中略) 書くことと読むこと、それさえできていれば、わたしは大丈夫なんだと信じている。わたしの未来は明るいなあ、と目を細めたまばゆい冬だった。

「好きになる」ことは、苦しい感情だった。ひとりよがりだったり、別れがつらかったり、何も手につかないほど自分の輪郭が溶け出したり。
(中略)でも、何かを、誰かを好きになった日々は、間違いなく美しかった。

日記を書くことは筋トレだと書いてあったが、何気ない日々の中の自分の感情が動いた瞬間をどう言葉にしていくかは確かに難しい。
同じ一日は二度と来ない。一人ひとりの違った毎日はその人だけの物語なのだ。日記で書く力が強くなるとともに自分と向き合い他人を視ることができるということを教えてもらった。

一日、一日と読み進めていくうちに、誰かの物語が立ち上がり、色づくのを感じる。特別な出来事がなくとも、小さな営みが続いていくのだってドラマだ。そして毎日、心は動いていく。


今作で特によかったのが、著者の"書くこと"への熱量。
"書くこと"が今まで生きてきた中でどれほど彼女を助け、彼女の核になっているのかが文章の端々から伝わってくる。

わたしにとって本を書くことは、自分の正しさを失わないための祈りでもある。

自分で閃いたことや、ふと浮かんだ言葉が、いつも頭のなかで煌めきを放っていて、わたしはそういうときに一番、「生きててよかった」と思う。
(中略) ただ読んで書いていられたらそれでいい。そう思えるようなわたしの光。この光をいつまで放っていられるだろうか。

いつも、頭のなかで弾けて浮かぶ言葉たちを並べているあいだのことを、幸福と呼ばずになんと呼ぼう。あのときの、指の先まで血が通う温かさと、脈打つ心臓のことを思う。書くたびにいつも、何度でも、自分と出会い直す。

"書くこと"は大体の人ができる。でも、書くという行為に幸せを感じる人は多くはないのではないか。自分の内側から湧き上がる感情や熱を言葉にのせている時の満ち足りた気持ちを私も知っている。
今までそのことを深く考えたことはなかったが、彼女の言葉が"書くこと"の素晴らしさと美しさを気付かせてくれた。


そして前作・今作どちらも、感情の表し方と表現の豊かさという点で彼女の文章に惹かれる。

バスの運転手のおじさんの讃岐弁が、すっごくやさしい。
関西弁と似ているけど、もう少し......みりんを足したような感じ

これは個人的に今作で一番気に入った一文。この表現でみりんをだしてくるあたりがとても好きだ。ピンときた表現をメモしてみたら、ひときわ形容詞の使い方が良い。自分の文章の参考にさせてもらおうと思う。

それと今作の一番最後の言葉もとても素敵な表現だなと思ったので、ぜひ実際に読んでみてほしい。


これまで著者の本は2作読んでいるが、彼女の文に触れるたびにシンパシーを感じる。自分はこの感情をまだ上手く言葉で表せないけれど書いて解放させたいと強く思った。

自分にも書きたい生活があった。


出典:『書きたい生活』僕のマリ
   柏書房

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?