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「アンダーカレント」今泉力哉~反復される道と人間の謎~

画像(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会

豊田徹也の長編コミック「アンダーカレント」(未読)を実写映画化。今泉力哉は結構観ている。今の日本映画界では多作な映画監督だ。先日『情熱大陸』でも取り上げられていたが、若者たちの恋相談にも乗る現代の恋カリスマ映画監督なのだそうだ。押しつけがましいカット割りや劇的な作為が先行しない映画監督なので、わりと信用して観ている。この作品は原作モノと言うことで、少女期のトラウマを抱えている女性が主人公であり、ややサスペンス的な作為が見え隠れする。それにしても「銭湯」が舞台になる映画も意外と多い。『湯を沸かすほどの熱い愛』という話題になった銭湯映画があったが、その後も数多く作られているような気がする。街の人々が会話できる公共的な特別な空間ということなのだろう。

家業を継いで銭湯の経営を始めた若い夫婦かなえ(真木よう子)と夫の悟(永山瑛太)だったが、突然夫の悟が温泉組合での旅行中に失踪してしまう。失踪理由がまったく分からないかなえは途方に暮れる。薪をボイラーにして銭湯の未来を語った夫婦の会話はなんだったのだろう。いつも笑顔だった悟は何を考えていたのだろう。銭湯の窓のところにいた小さなカエルが反復して描かれるが、悟の存在と小さなカエルが印象的に重なる。それでも臨時休業をしていた銭湯を再開させるかなえ。そこへ謎の男・堀(井浦新)が雇って欲しいとやって来る。あまり多くの語らない堀だったが、アパートが見つかるまで住み込みでかなえと同居することになり、次第に二人は打ち解けていく。かなえの友人(江口のりこ)の紹介で探偵・山﨑(リリー・フランキー)が悟の行方を捜すことになる。何を考えているのよく分からない男たち、永山瑛太、井浦新、リリー・フランキーという個性の違う3人の男たちが、真木よう子のまわりに謎の男として現れる映画だ。

あるとき、銭湯の常連客で母親が帰るまでの保育所代わりに銭湯を遊び場にしていた少女が行方不明になる。その騒動をきっかけに、かなえは自分の過去のトラウマ、忘れていた記憶を思い出す。かなえがよく一緒に遊んでいた幼馴染みの少女。その少女はどこへ行ったのか?自分の記憶から抹消していた少女は、池で首を絞められて殺されていた。一緒にいたかなえは、犯人から「誰にも言うなよ。ずっとお前をのこと見ているからな」と目撃証言を口止めされていた。その脅迫の言葉の呪いから、自らの記憶を抹消していたかなえ。その事件の犯人はいまだに見つかっていない。首を絞められ水に沈められるイメージが何度も回想され、かなえはそのイメージの意味を理解していなかった。銭湯に来ていた少女は無事に見つかったが、かなえは心の闇と罪に向き合うことになる。あや取りの赤い紐が、過去の事件と現在の少女を結びつけている演出は上手い。事件当時の鈴の音。堀がかなえに「にたくなったことはありますか?」という質問をする場面で、答えられないかなえはシルエットで撮影される。探偵の山﨑(リリー・フランキー)がかなえに「人のことを分かるって、どういうことですか?」という謎かけをするのも、映画全体の謎かけでもある。

かなえも悟も堀も山﨑も、登場人物のみんながみんな、自分のことさえよく分からない。人から求められるものを演じていたり、まわりに合わせていたり、自分の本心が一体どこにあるのかさえ、自分でも分からなくなってくる。いつも嘘をつくのが上手だった悟は、いつの間にか嘘と本当の見分けがつかなくなってしまった。誰かを探し続ける探偵という仕事もまた、自分を空っぽにして行方不明者に自分を重ねていく。かなえもまた明るかったんだ少女のフリをして、明るく振る舞って生きてきた。最初から謎めいた存在として登場する堀(井浦新)は、タバコを買って道を行き交う小学生たち、特に女の子のランドセル姿を目で追う場面が最初の方に描かれており、観客はこの堀が事件の犯人かもしれないと推測する。誰だかわからないという人間の謎のサスペンスが映画全体を支配している。

犬を散歩させる橋が架かっている川べりの道を歩くシーンが何度も使われる。堀がアパートを借りて銭湯まで一人で歩く場面。かなえが一人で犬を散歩させる場面。そして堀とかなえで一緒に犬を散歩させて歩く場面もある。その道にかかる橋は、堀が何十年ぶりかでこの街に戻ってきたとき、かなえとすれ違う橋でもある。そんな川べりの道が、ラストでも効果的に使われる。犬を散歩するかなえと少し遅れてフレームインして歩く堀の姿。堀はどこかへ行かなかった。しかし、今後二人がどうなるかは分からない。堀がよくタバコを吸うカーブのある小高い道など、同じ場所を効果的に反復させる演出は、謎だらけの人生にあって、一つの確かな日常につながっていく。


2023年製作/143分/G/日本
配給:KADOKAWA

監督:今泉力哉
原作:豊田徹也
脚本:澤井香織、今泉力哉
エグゼクティブプロデューサー:小池賢太郎、飯田雅裕
プロデューサー:平石明弘
撮影:岩永洋
照明:岩永洋
録音:根本飛鳥
美術:禪洲幸久
編集:岡崎正弥
音楽:細野晴臣
キャスト:真木よう子、井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央

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