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2016年4月の記事一覧

タダより高い物はない

 うちの近所には、自動車教習所がたくさんある。一番人気で、口コミも上々のA教習所は、他より少し高く、予約も取りにくいらしい。俺の譲れない条件は、できるだけ安く、短期間で、というものだ。しかし金額的には、どこも大差ない。いくつか見ていると、そのうちの一つに目を奪われた。希望通りのスケジュールで免許取得を約束と書いてある。それが叶わなければ、返金があるシステムだ。その上、運転免許が取得できたら、豪華な

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正体

いつもと何ら変わりのない週末の昼下がり。俺は一人、繁華街をあてもなくぶらついていた。大勢の人でにぎわっている街の一角で、二十人ほどの行列が目に留まった。行列の先には一台の大きなバス。欧米の広場などでよく見るおしゃれな移動販売車のようだ。少し古めかしく感じさせる外観が、逆に流行の最先端をいっているようにも思え、何だか俺はワクワクした。並ぶかどうかを悩んでいる間に、多くの人がやってきて先に並ばれてしま

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自分と自分

目覚めると、手に血がついている。よく見るとTシャツにも。また鼻血か、と男は思った。鼻血が出やすい体質なのか、無意識に鼻の奥深くに指を突っ込んでしまうのか。小さい頃から寝ている間に鼻血を出すことがよくあった。洗面所へ行き、顔を洗おうと鏡を見たとき、男は違和感を覚えた。鼻の穴の周りや頬に、少しも乾いた血が残っていない。鼻の穴も洗ってみたが、鼻血が出た形跡は全くない。Tシャツを脱ぎ、姿見の前で背中や腕な

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コトノハ町

「輪切りにされた採りたてのオレンジのようにみずみずしい朝日だわ。さあ、たった一度きりの、撮り直しもやり直しもきかない今日という一日のスタートよ。」

母親は、止まることを知らないゼンマイ仕掛けの時計のように、日の出とともに忙しく動き回っていた。父親や息子たちは、ファーストクラスの乗客のように、母親の魔法の腕から作り出されるバランスのとれた最高級の作品が、目の前に出されるのをじっと待っていた。

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消える

「『水に流す』ことができるこのペン。人とのわだかまりや他人にかけた迷惑など全てをなかったことにして、人生の再スタートがきれるという優れもの。さあ、今すぐお電話を!」

 深夜のテレビショッピングを見ていると、時々不思議な商品と遭遇する。水に流してほしい出来事を文字に起こして、その紙の上に水をかける。そうすると、その文字が消え、同時に書いた出来事自体が記憶からも消えるという文字通り「水に流せる」ペン

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