正体

いつもと何ら変わりのない週末の昼下がり。俺は一人、繁華街をあてもなくぶらついていた。大勢の人でにぎわっている街の一角で、二十人ほどの行列が目に留まった。行列の先には一台の大きなバス。欧米の広場などでよく見るおしゃれな移動販売車のようだ。少し古めかしく感じさせる外観が、逆に流行の最先端をいっているようにも思え、何だか俺はワクワクした。並ぶかどうかを悩んでいる間に、多くの人がやってきて先に並ばれてしまうかもしれない。そんな不安が頭をよぎった俺は、とりあえず並ぶことにした。まず並んでみて、興味がないものだとわかった時点で列から抜ければいい。何にしろ、これだけの人が集まっているのだから、話題の何かに違いない。俺の中で、否が応でも期待が高まった。俺はポケットからスマホを取り出し、情報収集を試みた。「R町 行列 ケータリングカー」をキーワードに検索したが、それらしいものはヒットしなかった。まだメディアにも、それほど取り上げられていないのだろう。多分これから流行るであろうものを、いち早く体験できるという自分の状況に、俺は興奮し、言いようのない優越感に浸った。

 俺の前には、大学生ぐらいのカップルがいた。二人の幸せそうな、待ち遠しそうな表情もまた、俺の期待値を高めていった。

「あの、これって何の行列ですか?」

 いまさら聞くという恥ずかしさもあったが、ここで確信を得たかった俺は、思い切って聞いてみた。

「僕たちもはっきりとは、わからないんです。」

 彼はそう言うと、彼女の方を見て微笑んだ。

「ただ、バスの入り口にあるのぼりに、『日本初上陸』、『スイーツ』っていう文字が見えたんです。僕も彼女も甘いものに目がないんで、並んでみようかって。」

 言い終わると、二人は再び見つめ合って笑顔を見せた。確かな答えはわからなかったが、こういう焦らしも悪くない。このまま順番がくるまで、ドキドキ、ワクワクを楽しむのもありかもしれない。

 前に並んでいるカップルとやりとりをしていた五分くらいで、俺の後ろにも四組並んだ。あのタイミングで並んだのは正解だった。瞬時に的確な判断を下せた自分に、俺は少なからず酔っていた。と、前から店員らしき人物が、こちらに向かって歩いてきて、俺の横で足を止めた。

「お客様、申し訳ございません。お子様はご遠慮頂いております。何卒ご理解ください。」

 店員の視線は、俺の後ろの親子に向けられている。母親は、その言葉を聞いて不満を顔に浮かべたが、十歳前後の娘の手を引いて、列から離れていった。

「すみません、どうして子どもはダメなんですか?」

 俺は店員にそう尋ねた。自分が何のために並んでいるのかを、やはり知りたいという欲求からだった。

「はい。小さいお子様は、健康面を考慮しまして。高校生以上の方でしたら、問題ありません。」

 わかった。恐らく、ワイン、ブランデーなどの洋酒がほんの少し含まれているのだろう。スイーツ大好き、おまけにお酒は毎晩というレベルの俺の、期待度を表すメーターはマックスになった。

 気付けば、列に加わってから二十分は経過している。客の回転率は、あまり良くない。注文を受けて一から作り始めるという「出来たて感」を大切にしている物だと、ピンときた。これで、焼き菓子系の可能性が高まった。前に並ぶカップルが、バスの中に呼ばれて入って行った。いよいよ次は、俺の番だ。そして入り口が開いた。

「お待たせしました。お次の方、どうぞ。」

 この瞬間をどれほど待ったであろう。俺は爆発しそうな喜びを抑え、バスに乗り込んだ。

 何かが変だ。車内のインテリアは、カフェでもなければレストランでもない。バスの中には、まるで診察室のような空間が広がっていた。白衣姿の男が目の前に座った。

「今日は、献血にご協力くださり、ありがとうございます。」

 このバスの正体は、痛みも少なく短時間で終わるという日本初上陸のマシンを搭載した献血バスだった。献血後、スイーツやドリンクなど自由に好きなだけ、もらえるらしい。列に並ぶこと、およそ三十分。せっかく俺の番が回ってきたのだから、もちろん献血に協力した。

 献血を終えた俺は、清々しい気持ちだった。と同時に、行列の正体を知るまで変に期待を膨らませ、あれこれいやしく考えていた自分が恥ずかしくなった。俺は、たった三十分という短い時間で、人生の縮図を見たような、そんな気がした。

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