「教えると、伝える」/日本人は伝え上手
ふと、気になって調べてみた!!!
そしたら…
やっぱり!!!!
自分の解釈たっぷりで、つぶやきます!
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◆教える
意味を渡す。
テクニック、マニュアル、効率化、誰でもできる
感情や感覚は重要ではない。
時代によって変化する。
◆伝える
意識/想いを渡す。
腑に落とす、守破離、のれん分け、クオリティの追求、変えが居ない
感情や感覚的な要素が多い。
本質的/不変的。しっかりと残す
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きっと、ずーっと昔は
「教育」っていう領域に「伝える」って要素がしっかりと存在したんだと思う。
でも、海外からいろんなものが入ってきてから
「教育」って領域から「伝える」ことが抜け落ちたんだ。
漢字で表すとおり「教える」だけになった。
インプット中心になり
アウトプットのクオリティは「最低限」でよし。
行動的できなくなり、受動的になっていった。
教えて、受け取って
教えて、受け取って
回数が増えるほどに、大切なことが伝わらなくなり、本質が薄れていく。
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僕の、個人的な感覚だけど
日本って、もともと「伝える文化」が深く根付いた国だったと思うのよね。
伝統。
そして
お寺や神社って「伝える」がしっかりと機能した“場”だったんじゃないかなーって思う。
その「伝える」がより効果的に、そして意図的に起こるよう
『アート』という領域が、その“場“に共存したんだと思う。
『アート』は、五感を開き、鋭くする。
その開かれた感性の中に、情報が入るから“腑”に落ちやすくなり
アウトプットの質が高かった。
舞、雅楽、絵画(襖絵、天井絵など)、彫刻(建物、仏像など)など
“場(環境)”そのものがアートであり、訪れる人々の感性を開くようデザインされていたんだと思う。
学びの“場(環境)”が、今はコンクリートで覆われ
感性が開きにくい建物の中で機械的インプットだけの学びが行われている。
このままいくと、感性ってどんどん腐っていく一方だし
それにつられ、日本自体も腐っていくよね。
日本、ピンチ!
今の僕らに必要なことは
新しい技術を探し、取りいれ、合理化や標準化を進めることではない。
マニュアルを捨て、感性が開きやすい環境を整え
再び「伝える」ことを思い出いだしていくことだと思う。
伝統
伝え、統合し、世界を創り続けていく。
そんな日本であって欲しい!!
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感性を開き「伝える文化」を呼び起こす
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