見出し画像

【実践編】ゴール型ゲーム~バスケットボール~

今回はバスケットボールを題材にした授業実践を提案する。バスケットボールは、幅広い世代から人気が高く、世界的にもメジャースポーツの代表格といっても過言ではない。専用のゴールとボール1つあればどこでもでき、体育館だけでなく、公園や自宅の庭などでも楽しむ人が多いスポーツである。

しかし、一見「庶民的」であるかのようなこのスポーツがいざ体育に持ち込まれると、非常に扱いにくいものになってしまう。小学校高学年で主に登場する種目だが、すでに大きく差が出ている運動能力によってゲーム内に「格差」が生じ、中学校で扱おうとなればもうバスケ部の一人相撲にもなりかねない。

そう、バスケットボールは実は「初心者」には非常に難しいスポーツなのだ。その高い技能ハードルをクリアできる子とできない子で大きな差が生まれ、その「弱者」になってしまった子にとっては非常にネガティブな経験になりやすい種目なのである。本稿は、なぜバスケはそのような「難しい」種目なのかを明らかにし、技能格差が影響しにくいオリジナルゲームを提案する。


1.バスケットボールの競技特性

バスケットボールは、各チーム5人(または3人)で行うスポーツで、制限時間内にどれだけ多くリングにボールを通すかを競うゲームである。また、ほとんどの人が知っているように、通常シュート=2点、遠い位置からのシュート=3点、フリースロー(リング目の前から誰にも邪魔されずに打てるシュート)=1点と、状況に応じて得点が変わってくる。また、ゴールが非常に高い位置にあり、ゴール型にもかかわらず「キーパー」が存在しない点も特徴だ。常にゴールが「がら空き状態」であるため、技能さえあればどんな位置からでも好きなだけゴールできる。NBAの大スターであるステファン・カリー選手の映像を見たことがない人は、ぜひ彼の”精密機械”のようなシュートを見てほしい。

しかし、バスケットボールの本当の特性は、そのルールにある。なぜなら、バスケットボールほど「バイオレーション」が細かく規定されているスポーツはないからである。バイオレーションは反則の一種だが、多くのスポーツで耳にする反則の意味で用いられる「ファウル」とは何が違うのか?両者を区別すると

「バイオレーション」
自分の行動についてルールで定められた範囲を逸脱する
「ファウル」
相手の行動を不当に妨害する

とまとめられる。つまり、選手が相手の妨害がないにもかかわらず「やってはいけない行為」をしてしまったら、それはバイオレーションになる。サッカーの「手でボールに触れてはいけない」、ラグビーの「ボールを前に投げてはいけない」、バレーボールの「ネットに触れてはいけない」などの禁止行為も、違反すればバイオレーションと同様の扱いになる。

このバイオレーションが、バスケットボールにおいては特に攻撃側に非常に多く規定されている。主なルールを挙げると、

・ボールを持ったまま3歩以上歩けない(トラベリング)
・ドリブルをやめた後は再びドリブルができない(ダブルドリブル)
・24秒以内にリングを通すか、リングに当てなければならない
・8秒以内に相手コートにボールを運ばなければならない
・一度相手コートにボールを運んだら、自分のコートに戻せない
・攻撃選手はリング下に3秒以上続けていてはならない

など、時間や行動がかなり細かくルールで縛られている。一方で、守備側は相手の身体への妨害をほぼ全面的に禁止され、わずかな接触が「ファウル」になってしまう(実際にはかなりのボディコンタクトはあるが、ここではその厳密な定義は割愛する)。このように考えてみると、バスケットボールは守備側が妨害する権利をほとんど認めず、攻撃側の圧倒的に有利な状態を担保している一方で、攻撃側にも多くの行動制約をかけることでバランスをとっているというゲーム構造になっている。

2.初心者とって難しい理由

では、なぜバスケットボールは初心者にとって難しいのか。この問題にかかわってくるのが、「バイオレーション」と「エッセンシャル・スキル」である。前述のとおり、バスケットボールは攻撃側に多くの行動制約がかけられている。すなわち、プレイヤーは行動を人ではなくルールに妨害されているといえる。この「ルールによる妨害」を突破出来たプレイヤーは、自分が優位な状態のまま相手DFと対峙し、多くの権利を保障されたままゴールに向かうことができる。

しかし、初心者にとってこの「ルールの妨害」をくぐりぬけることは決して容易ではない。そこで、「エッセンシャル・スキル」というキーワードが登場する。エッセンシャル・スキルは私自身が考案した概念であるが、一言でいえば「そのゲームに不自由なく参加できるために必要な最低限のスキル」をさす。その詳細については、別稿を参照されたい。

先ほど羅列した攻撃側の行動制約を「バイオレーション」することなくゲームをプレイするには、どんなスキルが必要なのか。ほとんどのスキルは「ドリブル」「パス」「キャッチ」に集約することができるが、ゲーム中では以下のようなレベルで求められる。

・空いているスペースにドリブルでボールを運べる
 (=ボールを見ずにドリブルができる)
・ドリブルをしながら進んだり止まったりできる
・ドリブルをいつでもやめることができる
・味方に向かってパスができる
・飛んできたボールをキャッチできる

このうち1つでもできないものがあると、ゲームへの参加に確実につまずくだろう。発展的ではあるが、ピボットターンという軸足を固定したターンができないと、すぐにトラベリング扱いとなり、簡単に「詰んで」しまう。このようにバスケットボールは、数々のバイオレーションによってエッセンシャル・スキルが非常に高く設定されているため、初心者にはかなりハードルの高いスポーツなのである。

3.簡単だけど「バスケらしい」ゲーム

ここまでの検討を踏まえ、体育に適した初心者向けのゲームを考案する。先に述べておくが、体育では決して「バスケットボール」を行うことは目指さない。技能ハードルを下げ、かつ競技の魅力も味わえる「バスケットボールらしいゲーム」で十分である。本物のバスケットボールをやりたければ、地域のクラブチームや学校のバスケ部に所属すればよい。

では、「バスケらしいゲーム」にはどんな要素が必要なのか。今度はバスケの「楽しいポイント」に着目する。バスケットボールの一番の魅力は、やはりシュートがリングに入ったときの快感であろう。どんな初心者も、初めてリングを見たちびっこも、まずは「あの中にボールを入れたい」という欲求が生まれるに違いない。ならば、これこそがバスケットボールがバスケットボールである所以であり、体育版のゲームでもこの要素は必須である。

もう一つ必要なのが「コート内での攻防」であろう。DFの妨害がないままシュートだけを打っていたら、ただの「的あてゲーム」と同じであり、ゴール型ゲームの様相をなさなくなる。多少難易度は上がっても、DFの妨害をかいくぐって決めたゴールには、格別な喜びが伴う。これを体験させることが、本物のバスケットボールの魅力にも迫れることだろう。

これですべてのパーツがそろった。いよいよ、体育版バスケットボールの全容を明らかにしていく。

ここから先は

5,067字 / 1画像
体育の授業や子どもへの運動指導にお困りの方におすすめ!「みんなで楽しく」が難しいあの種目やこのスポーツも、どんな子どもでも夢中になれるアレンジ版を紹介しています。

大好評だった前作マガジン『New体育論 -Management Perspective-』の【実践編】だけを集めた新シリーズ。そのまますぐ…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?