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体育における「エッセンシャル・スキル」という発想

「ゲーム」の定義

学習指導要領では、体育において「ゲームの楽しさ」を伝えることが重要であるとされている。ここでいう「ゲーム」とは、次のような意味を持つ。

ゲーム:ある特定の条件下で、定められた行為の遂行を目指すこと

つまり、「(条件)手を使わずに、(行為)ボールをゴールに運ぶ」ことを目指すゲームがサッカーであり、「(条件)100mの距離を、(行為)誰よりも早く移動する」ことを目指すゲームが陸上100m走である。このようにスポーツには必ずゲームの要素が含まれ、それを条件と行為に因数分解することができる。

また、ゲームには「個人ゲーム」「協力ゲーム」「対立ゲーム」の3つのスタイルが存在する。

個人ゲーム:
 自分(または他者)が設定した条件下で、行為の遂行を個人で目指す
協力ゲーム:
 同じ条件を共有したもの同士が、協力して同じ行為の遂行を目指す
対立ゲーム:
 同じ条件を共有したもの同士が、個別に同じ行為の遂行を目指す

個人ゲームとは、行為の遂行を自分一人で目指すものである。リフティング100回を目指すことやマラソン自己ベストの更新など、自分で設定した(あるいは他者に提示された)課題の達成を目指すようなゲームである。

協力ゲームとは、複数人が力を合わせて同じ行為の遂行を目指すものである。いわゆる「チームワーク」が求められるゲームで、二人三脚や玉入れのように全員が同じ行動をとるものや、ラグビーや野球のようにそれぞれ異なる役割を担うものもある。

対立ゲームとは、同じ条件を共有した者同士が、それぞれ違う行為の遂行を同時に目指すものである。同じ時空間に異なる行為の遂行を目指すものが存在すると、互いの存在が「障害」となり、それを除去しようとし、自然と「競争(competition)」が生まれる。スポーツは、この対立ゲームの構造を"最終形”としたものが多く、相手の妨害を退けて行為を遂行することを「勝利」と呼んでいる。このように条件をそろえることで「平等」を確保し、対立関係の中で行為の遂行を競うことが、スポーツの持つ大きな特性でもある。

3つのゲームスタイルの複合的同時発生

バスケットボールを例に考えてみる。バスケットボールは、2つのチームが「同じボール」を「別々のゴール」に運ぶことを目指すものであり、対立ゲームの構造を持っている。また、各チームは5人ずつという条件があり、5人で協力してゴールを目指すことは、協力ゲームの性質もある。さらに、5人はそれぞれ異なる役割を担い、状況に応じて様々なタスク行動が瞬間的に発生するため、小さな個人ゲームの連続ともいえる。

つまり、上記で記した3つのゲームスタイルは、実際には複合的に同時発生している場合が多いのだ。バスケのように3つのスタイルがすべて含まれるスポーツも多いが、その組み合わせ次第で、ゲームの様相は大きく変わってくる。また、「競争」という対立構造を持たないゲームも多くあり、チームの目標達成のために協力することを強調したゲームもある。

「成功」を約束するゲームデザイン

いずれのゲームにしても、ゲームは「成功」を目指すことに意義があり、その過程にある困難を乗り越え、成功した時の喜びを味わうことがベネフィットになる。冒頭で述べた「ゲームの楽しさ」とはまさにここであり、体育でゲームを行う際は、誰にとってもその成功が約束されなければならない。そこで、考えなければならないのが「エッセンシャル・スキル」である。

エッセンシャル・スキル
= その行為を遂行するために最低限必要なスキル

改めて述べるが、ゲームとは「ある特定の条件下で、定められた行為の遂行を目指すこと」である。つまり、ゲームを成功するには「定められた行為」ができなければならない。そして、その行為の実行のために必要な能力こそが、エッセンシャル・スキルである。

例えば、玉入れのカゴが3mの高さに位置されている場合、「3mの高さに球を投げられること」がエッセンシャル・スキルになる。さらに、多く入れることが求められるゲームなら、「3mの高さのカゴに、玉を”ある程度の確率で”入れられること」がエッセンシャル・スキルになる。また、卓球で「得点を取り合うゲーム」なら、ただコート内に打ち返せることだけが必要になる。しかし、「ラリーを続けるゲーム」なら、ある程度ねらったところに打ち返せる技術が必要になる。このように、ゲームのデザインによって、エッセンシャル・スキルの種類や難易度は変わってくる。

エッセンシャル・スキルの視点の欠如

体育では、「楽しめない」ことが原因で運動嫌いになる子が少なくない。それを防ぐために、指導者は様々なゲームを考えて活動をデザインする。しかし、そこにエッセンシャル・スキルの視点が欠如していることが非常に多い。

再びバスケットボールを例にとる。5対5で双方のゴールに入れた得点を競い合うという”最終形”のバスケットボールに必要なエッセンシャル・スキルは、少なくとも次の技能が挙げられる。
 ・飛んできたボールをキャッチできる。
 ・ドリブルをつきながら移動できる。
 ・ドリブルを好きなタイミングで止められる。
 ・リングの高さまでボールを投げることができる。
 ・トラベリングにならないようにピボットを踏める。
バスケットボールをいざやろうとすると、単純に「走って、ボールをついて、シュートをする」だけでは済まないことがすぐにわかる。上記の技能が獲得できていない人には、5対5のバスケットボールというゲームで「成功」を味わえることなどなく、場合によっては非難の対象にもなりかねない。

そのため”最終形”をそのまま扱うことは諦め、多くの指導者はバスケットボールの「難易度」を下げるような工夫をする。しかし、そこで出てくるアイデアが「ミニコート」や「アウトナンバー(数的優位)ゲーム」といったシステムの話ばかりなのだ。歩数制限や高度なボール操作などの基本スキルの不足が原因なのに、人数やコートサイズを変更したところで、難易度は一切変わらない。これでは、楽しめない子はいつまでも楽しめないままである。

このように、エッセンシャル・スキルが高すぎるゲームデザインであることに気づかない体育指導者はたくさんいる。

エッセンシャル・スキルを「ゲーム中に育む」は間違い

もっとシンプルなケースで考えてみる。「パスゲーム」と称し、正方形のコート内に3対3の計6人がいる。各チームは3人でパスを10回つなげば成功となり、ボールを持たないチームは非接触でそれを妨害し、途中で落とすとボールの所有権が移るゲーム設定とする。

このゲームのエッセンシャル・スキルは、「ボールを落とさずにキャッチできること」となる。また、3対3の協力ゲームというスタイルに見えるが、個人のキャッチミスが結果に直結し、周囲がカバーできないシステムになってしまっている。そのため、ボールキャッチというエッセンシャル・スキルを持たない子にとって、このゲームは楽しめないものとなる可能性が大きい。

ところが、体育指導者の中には「このゲームを通じてボールキャッチの技能向上を目指す」ということを平然と述べる。参加する子にとっては、できないことを無理にさせられて、チームメイトからのプレッシャーを受けながらキャッチを習得しなければならないという苦痛な訓練でしかない。ゲームを通して技能を習得することは確かにねらえるが、それはゲームを楽しむ中で身につくものであり、楽しむために必要なエッセンシャル・スキルを持っていなければ、技能の習得は見込めない。つまり、「付けさせたい技能」と「エッセンシャル・スキル」は別でなければならないのだ。そのゲームのエッセンシャル・スキルを、ゲームを通して付けさせようとするのは間違いである。

「成功体験」を保証する体育のデザイン

性別や技能に関係なくすべての子供が楽しめるゲームをデザインすることが必要となる体育には、このエッセンシャル・スキルという視点が極めて重要になる。指導する子供たちの実態を見極め、ゲームに必要なエッセンシャル・スキルを全員が持つようなルールを考えることが、指導者にとってのエッセンシャル・スキルともいえる。ゲームの楽しさを伝えるためには、すべての子供に「成功体験」が保障されている体育を展開しなければならない。そこで、最後に2つのポイントを提示する。

①全員が「同時に」成功する必要はない
協力ゲームでは、ゲームの成功は参加者全員にとって「成功」である。一方で、対立ゲームでは勝者と敗者に分かれるため、最大でも全参加者のうち半数しか「成功」できない。このように、ゲームのスタイルによって「成功体験」が味わえる参加者が変わるため、必ずしも全員が同時に成功することにこだわる必要はない。言い換えれば、ゲームを通して「失敗」を経験する機会も作らなければならない。

ただし、成功の確率が非常に低かったり、子供によって成功体験の回数が大きく偏ってしまったりするのはよくない。完全に「そろえる」必要はないと思うが、すべての子供に一定の成功確率を担保できるデザインにしたい。

②どのスタイルの「成功」を望んでいるか
前述のとおり、ゲームには「個人ゲーム」「協力ゲーム」「対立ゲーム」の3つのスタイルがあり、それらが複合的に同時発生する性質を持つ。その同時発生したゲームスタイルのうち、どれが上位にくるのかで「成功」の意味が変わってくる。

「自分は得点できなかったけど、チームが勝ったからよかった」
であれば、【協力ゲーム】>【個人ゲーム】という位置づけになる。
「勝負には負けたけど、自分はチームにの役に立つことができた」
であれば、【個人ゲーム】=【協力ゲーム】>【対立ゲーム】という位置づけになる。
「自分は頑張ったけど、相手に負けたから悔しい」
であれば、【対立ゲーム】>【個人ゲーム】という位置づけになる。

重要なことは、これらの大小関係はゲームをデザインする指導者が誘導・指定できるということである。チームワークを意識させたければ【協力ゲーム】の側面を強調すればいいし、自己記録の更新に焦点を当てたければ【個人ゲーム】の側面を強調して指導すればいい。どのスタイルを上位に持ってくるかで、ゲームの結果を「成功」と捉えられるかどうかが変わるため、この位置づけを子供と共有することは非常に重要である。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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