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運動体験と学習の2つの関係

A:おに遊びをひたすら夢中になって楽しみ、無意識に走る経験を重ねていたら、いつの間にか50m走のタイムが縮んでいた。

B:足が速くなることを目指し、走運動の基礎練習を意図的に積み、結果として50m走のタイムが縮んだ。

あなたが体育やスポーツの指導をするとき、どちらの運動体験をより重視するだろうか。A・Bどちらも「50m走のタイムが縮んだ=足が速くなった」という結果は同じであるが、そこに至るまでの過程や理念は全く異なるものがある。本稿は、両者を対比することで、読者の運動指導観の内省に役立てればと思う。

運動の「目的」の違い

Aの場合、子供にとっては「おに遊びを楽しむこと」が目的である。とにかく身体を動かすことを楽しみたいというモチベーションが強く、ただ「遊んでいる」という感覚が大半を占めている。少なくとも「おに遊びを通じて足を速くしたい」とは思っていない。そのため、運動それ自体のゲーム性が重要であり、単調な反復運動では飽きてしまう。

対照的にBは、文字通り「足が速くなること」が目的であり、遊びではなく「練習」をしているという感覚が強い。そのため、目標タイムを達成するためには、単純なドリル練習にも継続して取り組める。むしろ「練習」と「タイム(結果)」の因果関係を重視するため、つながりが見えないような単なる「遊び」では満足しないこともある。

「学習」の定義の違い

あなたにとって「学習」とはどのように定義されるだろうか。次の2つの定義を参照してほしい。

1つめは、「学習とは『成果』である」という視点である。
幼児が無意識につかまり立ちを覚え、二足歩行ができるようになる。このような発達を後から「学習」と意味づけることがある。あるいは、購入後初めて開封したゲームでチュートリアルをプレイし、それ以降の操作方法を無意識に体得しているような場合もある。このように、本人が無自覚に習得し、その「成果」をあとから「学習」と意味づけるパターンである。この定義による学習は、必ずしも「上達」を意味するものではなく、単なる「変化」にとどまる場合もある。

2つめは、「学習とは『習得までのプロセス』である」という視点である。
英会話や受験勉強など、意図的に経験を積み重ねて上達を図る行為を「学習」とよぶパターンである。この定義では、「上達(習得)したこと」よりも「上達(習得)を目指したこと」を重視し、「練習=学習」と言い換えることもできる。そのため、仮に上達や変化が発生しなくても、そこにコミットしたという事実だけで「学習」したと評価する。

お気づきのとおり、先述の2つの例は、A=『成果』としての学習、B=『プロセス』としての学習の定義を含有している。端的に言えば、「(意図的でなくても)結果的に変化したこと」を学習と呼ぶか、「(結果的に変化しなくても)意図的にコミットしたこと」を学習と呼ぶか、という明白な違いがある。

「速く走ること」の学習

Aの事例では、「遊び」を繰り返す中で、結果的に足が速くなっている。本人にその意図はなかったが、走る運動体験を重ねた『成果』として、速く走ることを「学習」したということができる。
一方でBの事例では、「練習」を繰り返す中で、足を速くすることに成功している。速く走ることに意図的にコミットするという『プロセス』そのものが「学習」であるということになる。

このような運動体験と学習の2つの関係は、どちらがより「適切」なのか、それは運動をする本人のモチベーションによって異なる。

運動と学習をBの関係で求める場合、すなわち「練習」による学習を目指す場合、本人の中に「上達したい」というモチベーションがあることが条件となる。この「上達したい」というモチベーションは、その運動をすでに楽しんだ先に湧いてくるものである。もっと上達してもっと楽しみたい、つまり、その運動を「好き」であることが条件となる。その運動が好きだから、上達という「結果」のために単調で味気のない練習にも意欲的に取り組むことができる。

一方、まだその運動を好きになれていない人にとっては、このような練習に耐えるモチベーションは生まれない。まずはその運動自体を楽しめるようになることが先決であり、そのためには「練習」よりも「ゲーム」、つまり「遊び」が必要になる。運動の結果にはこだわらず、プロセスを重視した遊びを繰り返すことで、本人の意識とは別に上達がみられるようになる。すなわち、『成果』としての学習を期待するAの関係を求めることになるのだ。

まとめると、記録向上や成功など「結果」にコミットする運動体験では、学習の意義を練習などの「プロセス」に見出す。一方で、遊び感覚に近い「プロセス」を重視する運動体験では、学習の意義は無自覚の「成果」に見出される。これら2つの関係性があることを理解し、指導する対象者のモチベーションに合わせた運動体験を提供してほしい。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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