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体育にある『楽しい』を分類する

昨今、子供の運動習慣がある・なしの二極化が進み、その分岐点がより低年齢化しているといわれている。この課題に対応するため、スポーツや運動の楽しさを味わわせるための『楽しい体育』を求める声が高まっている。しかし、そもそも『楽しい』とは主観的な感情であり、同じ対象に対しても楽しいと感じる人とそうでない人がいる。

では、体育の中にはどんな『楽しい』の種類があるのか?そして、子供たちに伝えるべき(教師が用意すべき)『楽しい』とはどんなものなのか?
本稿は、これについてキューブ型の分類で考察することを試みる。

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1.3つの軸の設定

〇「プロセス」か「結果」か
アメリカでは、一般的にスポーツそのものが「Egalitarian Sport(プロセス重視)」と「Elite Sport(結果重視)」に分類されている。例えば、競争すること自体を楽しむ(プロセス重視)か競争に勝つことを楽しむ(結果重視)か、課題にチャレンジすることを楽しむ(プロセス重視)か課題に成功する事を楽しむ(結果重視)か、などのような区別である。

このような区別は体育にもそのまま当てはめることができる。したがって、これを1つ目の軸にする。

〇インタラクションは「対タスク」か「対人」か
インタラクションとは「相互作用」とも訳されるが、個人と対象の間に発生する反応や関係性といえるだろう。
「対タスク」のインタラクションとは、個人と課題の間に生まれる関係性やその反応である。主にコンピテンシーや能力に依存し、能力の範囲内の課題に対峙すれば、自信をもって臨め「楽しさ」を味わえる。このような現象をポジティブなインタラクションという。逆に苦手意識があるものや能力以上の課題と対峙すると、ネガティブなインタラクションとなる。

「対人」のインタラクションとは、人同士の間に生まれる関係性やその反応である。スポーツではチームワークや連携が重要であるとよく言われ、協力プレイをすることで楽しさを増幅させる場合が多い。これがよい関係の相手とできれば、当然ポジティブなインタラクションになるが、協力する相手との関係が良くない場合は、ネガティブに作用する場合もある。
また、活動中積極的にコミュニケーションをとるべき場面もあれば、個人で集中すべき場面もあり、他者と「つながる」ことのインタラクションは両面性がある。

このように、課題との関係性や他者の存在は体育中の体験に大きな影響を及ぼすため、これを2つ目の軸とする。

〇「スポーツ由来」か「遊び由来」か
スポーツのルーツは遊びであるといわれているが、娯楽としての自由遊びとルール化された競技スポーツでは、やはり明確な違いがある。いくつか例を挙げる。同じ「会話」でも、チームメンバーとの作戦を考える会話と試合とは関係ない雑談では意味が異なることがわかるはず。また、同じ「競走」でも、リレーの中での競走と「あの木までどっちが速いか勝負ね」と突然始まる競走はやや違うことが感覚的にわかるだろう。

何が違うかというと、前者は「スポーツ由来(sport-oriented)」であるのに対して、後者は「遊び由来(play-oriented)」であるということだ。リレーというルール化された競走や球技ゲームに向けた作戦会議など、競技スポーツから派生した体験であれば、それはスポーツ由来である。一方、木などの目標物への「かけっこ」や何気ない日常会話などは、子供の遊びとして自然発生したものであるため、これらは遊び由来となる。

体育の時間でも、友達との談笑はするのに作戦会議では全く発言しなくなる子もいる。あるいは、普段は追いかけっこのような遊びはしないけど、リレーでは全力疾走する子もいる。そのため一見同じような行動でも、その瞬間の子供の体験が「スポーツ由来」か「遊び由来」かを区別することは必要であると考える。したがって、これを3つ目の軸とする。

2.体育にある『キューブ』の全体像

以上に述べてきたように、体育での体験の質を左右する軸は3つあることがわかった。これら3つの軸を重ね、3次元モデルにすると次のような『キューブ』ができあがる。

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「プロセス⇔結果」どちらを重視しているか、「対タスク⇔対人」どちらのインタラクションが起きているか、「スポーツ由来⇔遊び由来」どちらの体験をしているか、これらを掛け合わせた8カテゴリーに体育での体験を分類することができる。以下に、1つ1つのカテゴリーにあてはまる『楽しい』と感じられる体験を具体的に述べていく。

3.『キューブ』の8カテゴリーの詳細

●A:「プロセス×対タスク×スポーツ由来」

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ここは、スポーツ由来の課題に対峙するプロセスに関する体験が当てはまる。
・跳び箱を何度も繰り返し跳ぶ
・狙った的にボールを投げる(「当てる」ではない)
・マラソンで新記録を目指して奮起する
など、個人の運動課題へのチャレンジを指す体験が多い。ここでは、チャレンジの成功/失敗は関係なく、チャレンジすること自体が楽しい場合を指す。

●B:「プロセス×対タスク×遊び由来」

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ここは、遊び由来の課題に対峙するプロセスに関する体験が当てはまる。
・砂に絵を描く
・ボールを片づける時に遠くからカゴをめがけて投げる
・リレーのバトンを手の平に乗せてバランスをとる
など、子供が「思い付きで勝手に始める」ものが多い。ここのカテゴリーは子供が夢中になりやすく、体育の授業中に発生すると、教師は「遊ばないで」と注意をしたくなる。

●C:「プロセス×対人×スポーツ由来」

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ここは、スポーツ由来の対人コミュニケーションプロセスに関する体験が当てはまる。
・チームで作戦を立てる
・教え合いで互いの知識を共有する
・仲間の応援をする
など、その授業で扱うスポーツやゲームに関連するコミュニケーションを指す体験が多い。いわゆる「アクティブラーニング」や「言語活動の充実」として目指されてきたのは、ここのカテゴリーが多いと思われる。

●D:「プロセス×対人×遊び由来」

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ここは、遊び由来の対人コミュニケーションプロセスに関する体験が当てはまる。
・なんとなく仲の良い友達同士で集まる
・「今日の体育楽しかった!」などの体育授業後の会話
・授業で扱うスポーツやゲームとは関係ないおしゃべり
など、教師の指示ではない自然発生的なコミュニケーションを指す体験が多い。教師によって許容できる範囲にばらつきが生じやすい部分でもある。

●E:「結果×対タスク×スポーツ由来」

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ここは、スポーツ由来の課題に対峙した結果に関する体験が当てはまる。
・狙って投げたボールが的に当たった
・できなかった技能ができるようになった
・ゲームで相手チームに勝った
など、チャレンジの成功に満足するような体験が多い。また失敗に終わっても、本人の中で「頑張った」と満足感が生まれればそれでもよい。

●F:「結果×対タスク×遊び由来」

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ここは、遊び由来の課題に対峙した結果に関する体験が当てはまる。
・ボールを片づける時に、遠くからカゴをめがけて投げたのが入った
・いつもより準備(片付け)が素早くできた
・先生から頼まれた仕事をやり遂げた
など、授業で扱うスポーツやゲームには直接関係しない部分での課題達成に満足する体験が多い。たまに「〇分以内で片付け」と教師が指示する場合もあるが、基本的には子供の中で自然発生したタスクを指す。

●G:「結果×対人×スポーツ由来」

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ここは、スポーツ由来の対人コミュニケーションの結果に関する体験が当てはまる。
・鬼ごっこで○○さんをつかまえることができた
・チームメイトとの連携がうまくいって得点できた
・友達の活躍を一緒に喜んだ
など、ゲーム内での味方との連携や相手との勝負の結果に満足する体験が多い。対人での勝利は喜びも大きい反面、負けた時の劣等感も抱きやすい。このカテゴリーの楽しさばかりを追求すると、結果的に淘汰される子供も出てくる可能性があるので要注意。

●H:「結果×対人×遊び由来」

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ここは、遊び由来の対人コミュニケーションの結果に関する体験が当てはまる。
・昇降口から校庭までの競走に勝った
・あってむいてほいで友達に勝った
・先生の話がおもしろかった
など、授業で扱うスポーツやゲームには直接関係ない部分でのコミュニケーションに満足する体験が多い。体育授業での「場の雰囲気づくり」として教師が仕掛ける場合もあるが、多くは子供が「勝手に始める遊び」である。

4.8つの中でどの『楽しい』を充実させるか?

体育で感じられる可能性のある『楽しい』を分類した8つすべてのカテゴリーを整理したら、次に出てくる問いは「どの『楽しい』が子供には必要か」である。しかし、この問いに断定的な回答をすることは非常に危険がある。なぜなら、冒頭で述べたように『楽しい』という感情は極めて主観的で、個人の価値基準によって評価が異なるからだ。

ただし、だからといってすべてを同じ重みづけで捉えることも好ましくない。なぜなら、体育は「スポーツ体験」を提供する場であり、休み時間の「運動遊び」とは異なるものだからである。そのため、充実したスポーツ体験を提供するという目的からみれば、重視したいカテゴリーが浮かび上がってくる。

【「スポーツ由来」中心でときどき「遊び由来」】
まずは、「スポーツ由来(A, C, E, G)>遊び由来(B, D, F, H)がいえるだろう。体育では特定のスポーツを題材にして組織化されたゲームを扱う。ルール内での協力や対戦、応援などスポーツが持つ魅力を子供が感じられるような工夫が求められ、体育で充実すべき活動はすべて「スポーツ由来」でなければならない。

しかし、これを達成するにはある土台が前提となる。もしあなたが誰も知らない集団でいきなりスポーツ体験を提供されても、なかなか楽しめないだろう。心の距離が遠い者同士の集団では、会話も弾まず感情表現や身体動作も遠慮がちになってしまう。つまり、スポーツ体験が充実するには「心の解放感」が必要であり、それを促す雰囲気も土台として非常に重要となるのだ。これを満たすためには「遊び由来」の活動が有効となる。本題に入る前に簡単な遊びで心の緊張をほぐすことを「アイスブレーク」とよび、研修会や歓迎会など様々な場面で用いられる技法でもある。

この「遊び由来」の活動を教師が体育授業の冒頭に盛り込むのも有効だが、それ以上に子供の中で自然発生するような雰囲気を創ることが重要と考える。子供は「放っておけば遊ぶ」ため、教師が意図しなくても心の緊張は緩んで「アイスブレーク効果」は発生しやすい。上記の例でも示したように、遊び由来の体験はしばしば体育の本題から意識を逸らしてしまう恐れもあるが、それを防ぎながらある程度は遊び体験を許容した方がいい。心身ともに開放的な気分にさせることで、本題のスポーツ体験の『楽しさ』もより充実しやすくなるのだ。しかし、「ふざけてもいい」や「バレないようにコソコソ遊ぶ」といった誤解だけは絶対にさせたくない。教師は「目を光らせる」のではなく、一緒に場を楽しむ姿を見せることで子供に安心感を与えたい。

【スポーツ・身体活動に関するパーソナリティに合わせた『楽しさ』】
現代の学校教育は「個別最適化」の動きが出始めている。30人前後の集団で同じ活動をしても、それを通して得られる体験は一人ひとり異なる。その個人個人の体験が、本人にとっていかに満足できるものであるかがフォーカスされるようになった。当然ながら体育においても、一人ひとりの体験が「最適」になることを目指すべきである。

同様の課題を抱える国で、これに一早く対応したのがイギリスである。若者の運動習慣が二極化するイギリスでは、若者に対してスポーツや身体活動へのイメージと、自身の生活に重要な価値観を調査し、全体を6つのパーソナリティに分類した。そして、6つのパーソナリティそれぞれに合ったアプローチ方法を考案し、一人ひとりに合ったアプローチで若者の運動離れを解消しようという取り組みがなされている。

これと同様の調査が、実は日本でも行われている。日本での調査の結果、日本の若者のスポーツ・身体活動に関するパーソナリティは全部で7つあることが明らかとなった。それらの中には、「競争的なスポーツが好きな人」「和気あいあいと楽しい雰囲気のスポーツが好きな人」「自分でやるよりも応援する方が好きな人」「なるべく運動をしたくない人」など、スポーツに対して様々なイメージを持っている。

ここからいえることは、本稿で示した『キューブ』の8カテゴリーのうち、どれを期待・重視しているかは個人によって異なるということである。『楽しい』という感情は「満足」と概念が近いとされており、期待していた体験ができたときに『楽しい』と感じられるものである。つまり、目指すべき『楽しい体育』とは、7つあるパーソナリティと8つの体験カテゴリーへの期待が合致した時に達成されるのかもしれない。

しかし、それは最低でも「2の8乗×7」通りあり、各体験カテゴリーへの期待が〇×ではなくグラデーションだとしたら、それは無限に存在することになる。だからその子にとっての「答え」を知るのではなく、日頃の体育の授業を通して、どんな体験を『楽しい』と感じているかの「ヒント」を探していくしかない。1年間通せば体育の授業は100回近くある。休み時間の「遊び由来」の体験を共有すれば、そのチャンスはもっと多くなる。日々の活動からその子に必要な体験を「見取る」ことこそ、『楽しい体育』の実現への一歩になる。

5.まとめ

本稿は、体育で体験できる『楽しい』を
●「プロセス重視⇔結果重視」
●「対タスクのインタラクション⇔対人のインタラクション」
●「スポーツ由来⇔遊び由来」
の3つの軸から構成した8カテゴリーをキューブ型に分類した。

・スポーツ体験の充実を図る体育では「スポーツ由来」の体験が大事
・心身ともに開放的な雰囲気を創るには「遊び由来」の体験も有効
・個人のスポーツ・身体活動に関するパーソナリティとの相性が重要
と述べてきたが、その相性を知るヒントをつかむ手掛かりとして、本稿が役に立てば幸いである。授業をつくる際には、教師が意図的にデザインするカテゴリーと授業中に子供の中で自然発生するカテゴリーを意識できると、現象の見え方が変わるかもしれない。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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