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人はこうやって感情をコントロールしている -Emotion Regulation-

人はどのように感情をコントロールしているのか?それを理論化したのが、J.J.Grossが提唱した「Emotion Regulation」である。この理論では、抱いた感情を大きく(小さく)したり、持続させたり、他の感情に切り替えたりする方法が示されている。近年大きく注目されており、2012年の一年間で、このEmotion Regulationに関する論文があらゆる分野から10,000本以上発表されている。実際に心理カウンセリングや精神疾患の治療プログラムなど、臨床でも応用されている最先端の感情理論である。

感情はどのように生まれるのか?

感情は、目の前の状況や今置かれている状況を自己の価値観で評価した結果生じるものである。例えば、ジェットコースターに乗る状況になったとする。ジェットコースターに好意的な価値観を持つ人は、乗り物に乗る前から「わくわく」し、乗っている最中も「興奮」し、乗り終わると「満足」する。一方で嫌悪的な価値観を持つ人は、乗る前から「不安」になり、乗っている最中は「恐怖」を感じ、乗り終わると「疲弊(へろへろ)」する。もちろん、ポジティブ・ネガティブの2択ではなく、それぞれの度合いがグラデーションになってくる。このように同じ状況でも、個人によって抱く感情はまったく変わってくる。

感情をコントロールする5つの方法

こうして状況の評価として生じた感情を増幅させたり、減少させたりすることを我々は無意識(あるいは意図的だが無自覚)に行っている。ポジティブな感情であれば、より大きく・長くしたいだろうし、ネガティブであれば、小さく・短く済ませようとする。その構造を理論化したのが「Emotion Regulation」である。この理論では、現時点で抱いている感情がポジティブ(楽しい・心地いいなど)かネガティブ(つらい・退屈だ)かに関わらず、次の5つの方法で感情をコントロールできるとされている。

①状況選択(situation selection)
まずは、自分がネガティブ感情を抱きそうな場面に遭遇しないようにすることである。ジェットコースターが嫌なら、無理して乗らなければいい。待機しているか、別の乗り物を楽しむなど、自分がネガティブにならない場面を選ぶことで、未然に防ぐことができる。「あの人と話すとイライラするから近寄らない」も状況選択である。

このように、ポジティブな感情がわくような状況を選んだり、ネガティブな感情がわく状況を避ける方法が1つ目にある。

②状況修正(situation modification)
状況選択と共通する部分が多いが、状況修正とは、今の状況に直接介入して変えていく方法である。例えば、部屋の居心地が悪いからと掃除をして空気を入れ替えたり、好きな音楽をかけたりすることでポジティブ感情を高めようとすることがこれにあたる。几帳面な人は、多くの部分にこれを適用し、自分の期待する状況を作りたがる傾向にある。また、公共の場で迷惑をかけないように母親が子供に注意したり、先輩が後輩に整頓を頼んだりするなど、相手の行動を変えることで間接的に状況修正を図る場合もある。

その場のことだけでなく、休日に出かける予定を入れたり、「今夜はあの映画を観るぞ」と少し先の楽しみをつくったりすることで、今の時間を乗り切るモチベーションにすることも可能である。このように、目の前の状況をより「望ましい」ものに変えていくのが2つ目の方法である。

③注意の転換(attention deployment)
これは、別のものに注意を向けることで、気を紛らわす方法である。授業中や会議中など、直接行動を起こせないときに、意識だけでもその場から逸らすことで、ネガティブ感情を回避することができる。ジェットコースター嫌いな人が乗ることを免れられなかった場合は、乗車中に昨日見たおもしろYoutube動画を思い出すことで、恐怖心を緩和することができる。あるいは前に座る人の後頭部をじっと見つめるだけでもいいかもしれない。

このように関係のない対象に直接視線を、あるいは意識だけでも向けることでネガティブ感情を小さくしたり、ポジティブな感情を発生させたりする方法がある。

④リフレーミング(cognitive change)
状況を回避できなかったときのもう1つの対処方法が、リフレーミングである。これは対象の状況に対して意図的に「認識を変える」ことである。前述のとおり、元々感情はその状況を評価した結果である。したがって、状況を違う視点で捉え直すことで、異なる感情に変えることができる。例えば、仕事で上司から理不尽な注意を受けた時に、「は?なんで自分が?」とストレスを感じるのではなく、「この上司はきっと今ストレスを誰かにぶつけたいんだな」「人に指導することで満足したいんだな」「これを注意してくるってことは、そういう価値観の持ち主か。よし、1つ学んだぞ」などと、捉え直すことでストレスを抱えずに済ませられる。

また、相手にイライラしている自分は周囲にどう映っているのだろうと考えることで、冷静になることもできる。これを「メタ認知」と呼ぶが、習得にはややトレーニングが必要なスキルである。このように、状況の見方を変えることで、前向きに捉えるようにする方法である。

⑤強制中断(response modulation)
これまでの①~④がいずれも使えなかった場合、最終手段として使われるのがこれになる。たばこで一服する、カラオケで歌う、ゲームをする、Youtubeを見るなど、確実にポジティブ感情になれる(ネガティブ感情を消せる)手段で強制的に感情を「上書き」することである。しかし、1つの同じ行動に頼ってばかりいると、その行動が「中毒化」し、依存症などの別の疾患を引き起こす可能性もあるため、なるべく多くの上書き手段を持っていた方がよい。

実は最も頻繁に使われる方法がこの⑤であり、それは「我慢」である。上書きではないが、その感情を「なかったことにする」対処法である。多少のストレスや嫌な事があっても、そのネガティブ感情を吐き出さず、変換もせず、そのまま「飲み込む」ことで対処していることが最も多い。あるいは、面白くて笑いたいのに、それをこらえなければならない状況もあるだろう。

このように上書きや我慢をしても根底は変わらず残っているため、それが蓄積すると、ストレスで体調を崩したり、人生を楽しめずに自ら終えてしまうことにもつながりかねない。したがって、なるべく⑤に頼らない方法を選択したい。

この5つの方法を連続的に使っている

目の前の状況に対してこの5つの方法を駆使して、なるべくポジティブ感情でいられるように人は感情をコントロールしている。1つの方法で変えた状況は、さらに新たな「目の前の状況」となるため、新たな感情を生む。つまり、【状況A】→≪感情A≫→〔コントロール1〕→【状況B】→≪感情B≫→〔コントロール2〕→【状況C】…と無限に続いていくのである。

したがって、〔コントロール1〕と〔コントロール2〕で(同様にそれ以降で)、同じ方法をとるか違う方法をとるかという判断もしなければならない。その判断は次の3つの中から選ぶことになる。

1)継続(maintaining) ・・・ 同じコントロール方法を継続する
2)転換(switching)  ・・・ 別のコントロール方法に転換する
3)中止(stopping)   ・・・ コントロール自体を中断する

目について気になった部屋の一部を整頓したら、他にも気が付いてどんどん整頓し続ける(「状況修正」の継続)ことや、待ち合わせ時間になっても来ない友人に連絡したが、返事がないのでスタバに入った(「状況修正」から「状況選択」への転換)など、具体例を挙げればきりがない。あるいは食事の時間になったから暇つぶしをやめた(中止)などもよくある話である。

コントロールに失敗するときは

これだけ明確に理論化されながら、感情をコントロールできない人がいることについて、Grossは次の3つの原因を指摘している。

(1)目標が現実的に不可能
まずは、そもそも実現したい状況が現実的に不可能な場合が挙げられる。子供によくあることだが、お菓子を買ってもらいたいのに、それが叶わないことで哀しくなるなど、叶うことのない状況を一方的に期待して、結果にがっかりするというパターンである。これは大人にもいえることで、待ち時間が長いことに勝手にイライラしたり、一方的なリクエストに店側が応えてくれないとクレームをつけたりというのは、これに当てはまる。

(2)とるべき方法を間違える
感情のコントロールには、上記の5つの方法からの選択と継続や中断のタイミングの判断という2つの要素がある。さらに、直接自分の感情に影響を与える方法(内的コントロール)と、相手に働きかけることで相手の感情に影響を与える方法(外的コントロール)がある(相手をご機嫌にさせて、自分も平穏を保つなど)。

つまり、①対象は自分か相手か、②方法は5つのうちどれか、③タイミングはいつか、の3つをすべてクリアしないと、望むようなコントロールはできないということである。これには当然ながら訓練が必要であり、日頃から意識するしかない。

(3)とれる方法の選択肢が少ない
すべてのことに共通するが、引き出しが多い方が当然解決の可能性は高くなる。嫌なことはしない人(状況選択)もいれば、何でも思い通りにしたがる人(状況修正)、常にポジティブ思考な人(リフレーミング)など、個人によって選ぶ方法には傾向がある。そして、それは個人の能力にも左右される。

しかし、嫌なことから逃げてきた人は、いざ直面した時の対処法を知らずにつぶれてしまったり、何でもポジティブに捉えてやってきた人は、どこかでうまく利用されて痛い目にあったりするかもしれない。そのため、より多くの方法をいつでも使えることが望ましいとされている。また、趣味が多い人は、様々な方法でネガティブ感情を強制中断できるので、依存の心配もなく、効果的に感情をコントロールできるだろう。より多くの楽しみを見つけることも、1つのコントロール方法になる。

本稿を読みながら頭に浮かぶ場面がいくつかあっただろうか。普段何気なくやっていたこと、すぐにでもできそうなこと、あるいはやることが難しいと感じることなど、様々な捉え方があってよい。重要なのは、その時の自分の対処法が、本稿で示したうちのどれに当てはまるのかを自覚することである。そのうち自分のコントロールの傾向がつかめてくるだろう。コントロールとは、抑えるだけではなく、膨らませることも含まれる。この方法を駆使すれば、細やかなことでも大きなポジティブを得られるようになる。感情を上手にコントロールして、人生をより豊かにしていただきたい。

〔参考文献〕
J.J.Gross (2015), Emotion Regulation: Current Status and Future Prospects, Psychological Inquiry, 26



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