茶室で見かけた秋の生き物と許状。
先日、産前ラストのお稽古に行ってきた。
先月、先々月も体調不良や病院等で参加できなかったので、随分ご無沙汰してしまっていた茶道のお稽古である。
10月も半ばになると、お軸、茶花、お道具、と茶室のあらゆるものが、すっかり秋のしつらえに染まっている。そんな中で今回、特に心に残ったのは二種類の生き物だった。
まず、1つ目は和菓子の兎。
お稽古の翌日が、「十三夜」だったことにちなみ、今回の和菓子は月見兎のおまんじゅうだった。つるんと滑らかな表面ではなく、何だかうさぎの毛のようにもふもふと柔らかそうだ。そして焼きごてで付けた茶色い耳と、食紅の赤い目が可愛らしい。
ちょん、と鎮座する手のひらサイズの四季折々の練り切り、水菓子、お饅頭。
それらはいつだって、可愛らしくかつ繊細で思わず笑みがこぼれる。
そして、ひよこ饅頭や鳩サブレのように、動物をかたどったお菓子は、なんだか頭からがぶりとやるのは、ちょっとはばかられてどうしてもお尻の方から齧ってしまう。
このお饅頭は、道明寺粉が使われているようで、つぶつぶした舌触りとまったりとした餡子の組み合わせが美味しい。
先にお稽古していた方に点ててもらった薄茶とともにいただく。ゆっくりと、奥深い苦みが、わずかに舌先に残る甘みと調和してゆく。
ーああ、やっぱりこの瞬間がすごく好きだなあ、と久しぶりのお抹茶と和菓子との再会に改めてうれしくなった。
そして、もう2つ目の生き物は、抹茶の粉を入れるお棗(なつめ)に。
螺鈿(らでん)蒔絵の鈴虫である。
「螺鈿」とは、貝を使った伝統的な装飾技法であり、その歴史は奈良時代まで遡る。
以前、季節の草花が螺鈿で描かれているお棗を使わせてもらったときにも感じたのだけれど、わたしは螺鈿の中でも黒蒔絵の螺鈿が特に好きだ。
漆黒の塗りに浮かび上がる、周りの光を集めて反射し、控えめに輝く螺鈿細工。
なんだか惚れ惚れしてしまう。
鈴虫の精巧な羽の造りが、螺鈿により、さらに際立って美しい。
螺鈿といえば、歴史の教科書に出てくる、正倉院収蔵の「螺鈿紫檀五弦琵琶」を連想する方も多いかもしれない。
日本史の授業中、歴史資料集で初めて見たときには、螺鈿は貝のただの白っぽい照りを想像していた。
けれど、こうやって間近で手に取って見ることで初めて螺鈿の奥ゆかしい輝きを知ることができた。
実際には見たことがないけれど、「螺鈿紫檀五弦琵琶」もあれだけ贅沢に螺鈿が施されているのだから、さぞかし美しいに違いない。
茶道を通して、様々な伝統工芸品に触れることで、こうやって自分の「好き」が広がってゆくのは贅沢な心地がする。
そしてこの日は、申請していた「許状」を受け取った。
茶道は、入門すると初歩のお稽古から始まって段階を追って様々なお点前を学んでゆく。
「許状」とはその中で、お稽古の各段階ごとに学ぶことを許可する「許し状」のことである。英検や車の免許のように試験があって合格することでもらえる、技能が身に付いていることの証ではなく、ここまで習うことを許されていますよ、というような証明書みたいなものだ。
自分の名前が達筆な筆文字で記された、何だかちょっと厳かな許状を受け取ると、中途半端な気持ちで学ばず、この許状に記されたお点前が早く一人前にできるよう精進していこう、と気が引き締まった。
とはいえ、残念ながらしばらくは、出産・育児で茶道とは離れることになってしまう。
けれど、また落ち着いたらすぐにお稽古を再開したい。
通う生徒さんのうちのお一人は、途中で子育てや介護で一時お休みしながらも、何と先生のところで35年お稽古を続けていると耳にした。
…35年!途方もない年月だ。
それだけお稽古を積み重ねれば、何が見えてくるんだろうか。願わくばわたしも茶道を「一生のお稽古」としたいものだ。