見出し画像

ママが帰って来なかった朝

ちょっと前の金曜日に妻が飲み会に行った。
帰るのはかなり遅くなると予告されていたので、子どもを寝かしつけ、そして私も妻の帰りを待つことなく眠りについた。

朝、5時半ごろに目を覚ますと、妻はまだ帰ってきていない。さすがに帰ってくるのが遅すぎだなと思い、携帯に電話してみたがでない。

私も人のことは全然言えないのだが、妻はなかなかの酒乱なのでどこかで酔い潰れているのだろう。
心配ではあるが、私も妻も酔い潰れてもなんとか家に帰り着けるという習性があるのでなんとかなるだろうとは思っていた。
私と妻はこれを泥酔状態における帰巣本能と呼んでいるのだが、私たちは外で飲んで酔っ払いまったく記憶をなくしても気がつくと家に着いているという本能を有しているのだ。

そして朝6時少し前に、子どもたちも起きてきた。娘(6歳)と息子(3歳)も「ママどこ?」と心配しつつも、妻がなかなか帰ってこないのには慣れているのでそれほど動揺はない。

しかし、朝帰りの妻をこのまま待つのもなんとなく不愉快である。
逆に妻が酔っ払いながら家に着いて、私と子どもたちがいなかったらびっくりするだろう、朝帰りするような人は、ちょっとくらい驚かせてやってもいいのではないかという考えが思い浮かんだ。

そこで私は子どもたちに「すき家に朝ご飯食べに行こうよ。きっとすき家行ってご飯食べて戻ったら、ママ帰ってきてると思うから」と提案してみた。

朝ご飯を食べに出かけることなんてほとんどないので、特別感にわくわくしたようである。二人とも乗り気で近所のすき家に出かることになった。

6時過ぎとはいえまあまあお客さんはいた。
子どもたちはおもちゃ付きの子ども牛丼セットを注文して大喜びである。美味しそうに牛丼を食べてくれた。

食事もひと段落した時、急に娘が「ママいつ帰ってくるの?昨日の夜は帰って来なかったの?」などとわりと大きな声で聞いてきた。ママがいないことはよくあるとはいえ、気にはなるのだろう。私は「もうちょっとしたら帰って来るはずだよ」とそれほど深刻そうな感じでもなく答えた。
しかし周りのお客さんがギョッとした顔でこちらの様子を伺ってくるのだ。

確かに周りから見れば、父と子ども二人がこんな朝早く(6時過ぎ)にすき家に来ていて、子どもが「ママが帰ってこない」などと言っていれば、何か不幸な家庭に見えるだろう。

私たちは傍目から見れば、ママが家出をしてしまって途方にくれる親子である。

せっかくなのでそれに乗っかっておこうと決意した私は娘に「ママは…ママは…きっと帰って来るからね…◯◯ちゃんと◯◯くんがいい子にしてたらそのうちに絶対に帰って来るよ…きっときっと…」と悲壮感を出しつつ言ってみた。

娘は一瞬「えっ」という顔をしたが、私がニヤッとしているのを見ると、私が突然ふざけ出すことがよくあるということを思い出したようだ。

娘も私に合わせて「ママ帰って来ないの?ママ…ママいなきゃ嫌だ」などと乗ってきた。
周りのお客さんたちはますますこちらのことが気になるようだ。

息子といえば、私たちの会話が聞こえていないようで、子ども牛丼セットに付いてきたおもちゃで無邪気に遊んでいる。

息子はただおもちゃに夢中なだけで、本人にはそのつもりはないだろうが、期せずして「幼すぎてママが帰って来ないことがどういうことかまだいまいちよくわかっていない、無垢で健気で周りの涙を誘う小さき存在」という役割を果たしてくれている。

かわいそうな父子である私たちはお腹いっぱい朝ご飯を食べ、周りの同情を得ることにも成功して大満足で家路に着いた。

家に帰ると玄関のところで妻が倒れていた。今回も無事に帰巣本能が発動しなんとか家まで辿り着いたようだ。

ただ、玄関で意識が消えたようなので、家に帰っても私たちがいないということは気が付かなかったようだ。家に帰ってきたら誰もいないという朝帰りの妻へのドッキリは不成功だった。

ただ玄関ではあまりにかわいそうなので、私と子ども二人でなんとか妻を起こして布団まで運び、ゆっくり休ませることにした。

子どもたちは「ママ大丈夫かな」と言いつつ無事?に帰ってきて一安心している。

妻は夕方ごろには二日酔いから復帰して元気になった。酔っ払って財布など大切な物を無くしたり、怪我をしたり、事件に巻き込まれたりしなくて良かったねと一件落着であるはずだった。

しかしこの出来事の余波は思わぬところで残ってしまった。
それは娘が「ママいないごっこ」を気に入ってしまったということである。

私と娘だけで出かけたり、私と娘と息子だけで遊びに行ったりすることがたまにあるが、そういった時に、娘は突然「ママはいつ帰ってくるの?」とか「ママはもう戻って来ないの?」とニヤッとしながら聞いてくるようになってしまった。

娘はこの「ママがいなくてかわいそうな私たちごっこ」が楽しくなってしまっている。

娘の発言を聞いた人から驚かれたり憐れまれたりするのでもうやめて欲しいが、しばらくは娘はニヤッとしつつこの遊びをやめてくれないのだろうなと諦めている。

この記事が参加している募集

子どもに教えられたこと

子どもの成長記録

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?