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ドレスコーズ「聖者」に寄せる短編♯1

これはあまりにもドレスコーズが、志磨遼平が作った「聖者」という楽曲とそのMVが素晴らしすぎたため、この男女に何があったのか、勝手に想像を膨らませストーリーを描きたくなったものである。

なのでこれは解釈とは違った、「聖者」を借りたお話です。4回ぐらいになりそう。まずは1回目。いざ参れ。



君と出会ってから、以前の僕の瞳に映っていた景色がどれだけ退屈なものだったかを思い出す事は出来ない。

それほどまでに清々しく、重すぎた夏に見た夢。

あの日果てしなく続く田舎道で、君は煙草を蒸しながら僕を追い越したね。

人は嘘だというかもしれない。
けどね、けれど。
確かにその時、この世界の扉は叩かれたんだ。

■■■

ここは灰色なのだと思う。
果てしなく続く田んぼと山道。
綺麗だと思う。美しいと思う。けれど僕には、あまりにも変わり映えのしない灰色の退屈がいつからか、いつまでも続いていた。

ここで生まれた人間は、ここで就職をし、ここで結婚をし、死んでいく。
街の外の情報はテレビ等で嫌という程に流れているが、それらに現実味を感じない。絵本の中の出来事の様な、それぐらい僕からは離れていた。

ここで一生を遂げる事にはなんとなく気が付いていて、その自分の人生を変える力も僕には無いこともわかっていて、受け入れる。
受け入れてしまおうと思った、そんな中学最後の夏のはじまり。

自転車を漕ぎ、学校へ向かう。
幾度となくこの道を眺めた。
この時間、たった一人の通学路。

ふと聞きなれない音が耳に突き刺さった。
この自然に唸るような鈍いエンジン音。

一瞬。
―――バイクに跨った少女が僕を追い越した。

蒼いスカジャンに金色に染め上げなびく髪の毛。
そうして、煙を吐きだす咥え煙草。

美しいと、息を呑んだ。

彼女を中心に景色は彩りを鮮やかに変えていく。
忘れていたものを、段々と思い出すように。


僕を追い越し、先へ行く。
僕はつい声を出していた。
「待って、君はだれだ…君は」
見慣れない少女。運命かもしれない出会い。

逃したら―――逃したくなかった。

自転車を全速力で漕ぐ。彼女は振り返らず速度も落とさない。
離れていく距離。何度も何度も呼び掛けた。
「待って、待ってほしい!」

彼女は声を発したのか。
エンジンの音と僕自身の心臓の音でかき消されたのかもしれない。
けれど彼女は、
吐く煙を、そして右腕を、僕に差し出した。

『ついておいで』

そう言われている気がした。



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