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【第2部29章】至高の騎士、最強の刃 (4/16)【名乗】

【目次】

【相対】

「……トリュウザさま。即刻、この高温環境を元に戻していただきたい」

「ほう。某の仕業と一目で気づくとは、なかなかの慧眼にて御座候。征騎士衆には、我が『焦熱禍蛇<しょうねつかだ>』の龍剣解放を見せたことはなかったと思ったが……」

 アンナリーヤは脈打つ巨蛭のうえに身を横たえながら、フロルという名の少年と、トリュウザと呼ばれた初老の剣士の会話に耳を傾ける。

 少年が手にする剣……両刃の片側から無数の鋼線が伸び、片羽の翼を形作るようなシルエットに目を引かれる。

(悲憤慷慨だ。自分は、かすり傷のひとつも相手に負わせずして、こうして身を伏せているばかりだからだ。それでも……)

 戦乙女の姫騎士は、状況を注視し続ける。少年と初老の剣士は、のっぴならぬ気配を漂わせつつも、旧知の知りあいのようだ。

 彼らの話しあいでこの場が収まるなら、それに越したことはない。己の戦士の矜持などに振りまわされて、自滅へつながる行動を選ぶなどという愚を繰りかえしてはならない。

 ヴァルキュリアの王女は、息を潜めて、好機を待ち続ける。息の詰まる圧迫感のなか、少しばかり口を閉じていた男たちが、会話を再会する。

「……これほどの異変が起きるほどの転移率<シフターズ・エフェクト>を行使するとなれば、グラー帝をのぞけば、トリュウザさまにしかできないでしょう」

「ふむ……孫ほど歳の離れた後進に、こうも褒めそやされるとは、むずがゆきものにて御座候」

「それで、トリュウザさま。能力の解除は……?」

「何故、それを望む。若人?」

 話をはぐらかされそうになって苛立ったのか、少年の声音が少しばかり険しくなる。初老の剣士は、素直にわからない、といった様子で小首をかしげる。

 フロルという名の若年の騎士は、剣を握るのとは逆の手を胸に当てる。顔をうつむかせ、呼吸を整え、ふたたび口を開く。

「トリュウザさまが動いたということは、国防のためと考えますが……敵以前に、グラトニアの多くの臣民が犠牲となっています。街も、土地も、燃えています。この能力をなお維持すれば、さらに被害も広がりましょう……」

 少年の陳情に対して初老の剣士は、ふむう、とつぶやき、己の顎を逆手でさする。

「某は、一介の人斬りなり。政のことまで考えるのは、いささか荷が重い……ただ主君の、皇帝陛下の勅命に従うだけにて御座候。そも、グラー帝の礎として命を燃やせたのならば、民草も本望では?」

 対話の様子を見守っていたアンナリーヤは、刮目する。少年の気配が、変わる。

 小さな肩から、怒気の噴出するさまが見えるようだった。だが、戦乙女の姫騎士は恐れを感じなかった。若年の騎士が燃え立たせているのは、義憤だ。正しい怒りだ。

(この少年は……己の果たすべき責務、守るべき命を自覚しているからだ……)

 ヴァルキュリアの王女の目には、フロルの背が大きく見える。いずれ成長し、誰もの尊敬を集める堂々たる騎士となるだろう。

 この少年には、死んでほしくない。生き延びてほしい。アンナリーヤは素直に、そう思う。

「聞き入れては……いただけませんか。トリュウザさま」

「くりかえしになるが、皇帝陛下の勅命にて御座候。征騎士は、ただ従うのみ。某に陳情しても、らちはなし……それよりも、若人よ。帝国へは、戻らぬのか? グラー帝も、待ちわびておられる」

 フロルの憤怒を知ってか知らずか、初老の剣士は飄々とした様子で、世間話でもするかのように語りかける。異形の剣を握る少年の腕に、力がこもる。かすかに刀身が揺らぐ。

「大勢の人が死ぬのを、見ました。遠征したアーケディアで、故郷であるグラトニアで……」

「戦場に屍山血河など、言わずもがな。其方は、まだ若き故、戸惑ったかもしれぬが、じき慣れるものにて御座候」

「あんな地獄絵図が、王道であるはずがない! 僕が、同志たちが、取り戻そうとしたグラトニアの姿じゃないッ!!」

 唇をわなわなさせる少年の慟哭じみた咆哮が、灼熱の空に響く。初老の剣士は、若人の真意が心の底からわからない、といった様子で、わずかばりの戸惑いの色を瞳に浮かべる。

「花は桜木、人は武士。某は、口下手にて御座候……若人を口説き落とすためには、舌のまわる征騎士のひとりでも、連れてくるべきであったか……」

 のらりくらりとした言葉尻とは裏腹に、初老の剣士の声音には剣呑な響きが混じりはじめる。対峙する少年は、油断なく腰を落として身構える。

「某、征騎士筆頭の位を賜った身にて御座候。皇帝陛下の意向に従わぬ者は、すなわち夷狄なり……斬り捨てねば、ならぬ。若人よ、それでもかまわぬと?」

 トリュウザと呼ばれた男は、未練がましく問う。フロルという名の少年は小さく、しかし、はっきりと首を縦に振る。初老の剣士は、心底、残念そうに吐息をこぼす。

「致し方なく御座候……聞き分けのない童は、手足を削いで、引きずって連れ帰ろう。技術局長どのは死んだが、なに、腕や脚の1本、2本、ほかの者でも付け直せようぞ」

 対峙するふたりは、どちらからともなく刀剣の柄を両手で握りなおし、臨戦態勢をとる。初老の剣士からあふれ出す『圧』が増大するのを、アンナリーヤは感じとる。直接向かいあう少年は、どれほどの負荷を浴びているのか、想像もつかない。

「花は桜木、人は武士。某、手心は不得手にて御座候。うっかり興が乗って、其方を殺めてしまうやもしれぬが……あの『魔女』ならば、死人のひとりや、ふたり、生き返すことも容易かろう……」

 トリュウザは、長尺の刀を脇構えに置く。剣先を背後に向けて下げて、自らの半身で刀身を隠し、相手に間合いを測りにくくする体勢だ。

 対するフロルは、異形の刃を中段に構える。人体の急所である正中線を剣身で守りつつ、最小の動きで攻撃に転じることができる、基本に忠実なスタイルだ。

「……戦乙女どの。あなたは下がっていてください。この人……トリュウザさまとは、ほかならぬ僕自身が戦わなくてはならない」

 初老の剣士から目をそらすことなく、少年は小さくつぶやく。アンナリーヤは、フロルの背に小さくうなずきを返すと、双翼を羽ばたかせて、気流乱れる上空へと逃れていく。

「それでは……征騎士序列1位、屠龍斬ヱ紋<とりゅうざえもん>影光<かげみつ>……参るッ!」

「フロル・デフレフ、グラトニアの騎士……行きますッ!」

 初老の剣士と若年の騎士は、不吉に脈打つ巨蛭の背を、ほぼ同時に蹴ると、互いに向かって刃を振るった。

【剣戟】

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