【第2部29章】至高の騎士、最強の刃 (3/16)【相対】
【両断】←
「花は桜木、人は武士……斬り損じは、不作法にて御座候!」
アンナリーヤは、初老の剣士が完全に自分に背を向けて、刀剣を上段に構えなおすの見る。殺気を向ける対象がそれて、両肩にかかる『圧』が減じるのを感じる。震える左腕を、魔銀<ミスリル>製の大盾へと伸ばし、つかみ取る。
「不作法は、こっちのほうだ……たとえ小鳥であろうとも、戦いのさなか、敵に背を向けるなど、戦場にあるまじき愚行だからだッ!」
戦乙女の姫騎士は、双翼の羽ばたきの勢いも使って、勢いよく飛び起きる。ずきずきと背中が痛む。大盾を両手で支えつつ、眼前の男の無防備な背中へと突っこんでいく。
「ぬ──ッ」
ヴァルキュリアの王女の突撃がぶつかるのと、初老の剣士が長い刃を振り下ろすのは、ほぼ同時だった。アンナリーヤの捨て身の一撃を受け止めても、かすかに男の体躯が揺らぐだけだ。歳不相応の足腰の強さに、戦乙女の姫騎士は驚愕する。
(まるで、石柱に向かって体当たりしたかのようだからだ……ッ!)
それでも初老の剣士が、わずかながら不快そうに表情をゆがめる横顔が見える。少しばかり剣先の軌道が、ずれる。ジェット機を両断しようとした一閃が、正中線を捉えそこなる。
「雀の分際で、某に戦の説教とは──小癪にて御座候!」
なおも背中へ大盾を押しつけて、動きを制限しようとするアンナリーヤに対して、男は力任せに腕を振るい、刀の柄尻で戦乙女の女騎士の頭部を殴りつける。
「……むぐッ!?」
防具越しでも脳を揺さぶる衝撃を受けて、ヴァルキュリアの王女は倒れこむ。魔銀<ミスリル>の兜のなかを、打擲音が反響する。
初老の剣士の肩の向こうに、ばらばらに分解していく技術<テック>の猛禽の姿が見える。機械部品のなかに、小さな人影が見える。
(何者かは、わからないが……死ぬぞッ!)
見知らぬ乱入者に対するアンナリーヤの警鐘は、言葉にならない。このままでは、灼熱の地面に落下するか、初老の剣士が振るう凶刃の餌食になるかだ。しかし、戦乙女の姫騎士の予想は裏切られる。
そのまま飛散していくかと思われた金属片たちは、時が逆向きに流れるかのごとく、ふたたび空中の一点へ集まっていく。ぐにゃり、と粘土のように一体化すると、見る間に姿を変えていく。
先刻までジェット機だった鉄塊は、似ても似つかない姿の、魔法<マギア>文明出身のヴァルキュリアの王女が見たことのない技術<テック>の乗騎──装甲バギーへと造り替えられる。
小ぶりながら重厚な四輪車は、足場となっている鉛色の巨蛭の背に後輪から着地すると、初老の剣士を押しつぶすように前輪を振り下ろそうとする。
「花は桜木、人は武士……所詮は、機械。からくり細工のたぐいで某を討ち取ろうなど、笑止にて御座候ッ!」
男は、無造作に刀剣を振り上げる。ただそれだけで、装甲バギーは八つ裂きとなる。巨蛭の背に転がるアンナリーヤは、眼前の光景に己の目を疑う。
「一瞬で、いったい何回、斬りつけた? 自分には、一振りとしか見えなかったからだ……!」
「避けたか……そうでなくては、つまらぬ」
初老の剣士は、背後に倒れ伏す戦乙女の姫騎士の驚愕を歯牙にもかけぬ様子で、少しばかり感心したようにつぶやく。
無数の部品に裁断された軍用車のなかから、操縦手を務めていたと思しき、小柄な人影が飛び出してくる。同時に、装甲バギーだった断片たちは、いくつもの板状の──スケートボードへと姿を変じる。
「ぬぅん」
初老の剣士は静かに息を吐くと、刀を握りなおし、ヴァルキュリアの王女の動態視力では捉えきれぬ速度で腕を振りはじめる。
幾閃もの斬撃が、おびただしい数の弧を描く。アンナリーヤは可能な限り身を低く伏せて、殺意の暴風の巻き添えから必死に逃れようとする。
血の雨が降り注ぐ──そう思った戦乙女の姫騎士の予想に反して、小柄な人影は、ローラーボードを斬撃を防ぐ遮蔽に使いつつ、跳躍の足場として、男の剣閃を身軽にかわしていく。
硬質の物体がこすれあう音が幾度も反響すること、しばし、空中での刹那の差しあいが止むと、ひとりの少年が赤いマントをはためかせて地に張りつく腫瘍のうえに着地する。
「やはり、フロル・デフレフか……久方ぶりにて御座候。壮健で、なにより」
「……ご無沙汰しています、トリュウザさま。そして、心配をおかけしました」
横たわる自分をかばうように立つ少年越しに、対峙するふたりの会話を聞きながら、戦乙女の姫騎士は初老の剣士へ視線を向ける。
トリュウザと呼ばれた男は、いささかも殺気をゆるめることなく、それでいて孫か弟子かを見つめるような目つきを眼前に向けている。
初老の剣士の『圧』を一身に受け止める少年は、奇妙な刀身の剣を握りながら、緊張の面持ちを浮かべて、相対する男をにらみかえしながらも、小さく会釈をする。
(この者たちは、なぜ戦っている……仲間割れか……だとしても、状況がつかめないからだ……)
明らかに殺気立ちながら、慇懃に言葉を交わしたふたりの様子に、ずきずきと頭痛を覚えながらアンナリーヤは混乱する。両者は、なにより、同じ紋章を刺繍された真紅の外套を背負っていた。
→【名乗】
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