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【第2部29章】至高の騎士、最強の刃 (2/16)【両断】

【目次】

【斬撃】

「ふえ──ッ!?」

 アンナリーヤは、思わぬ斬撃の重さに吹き飛ばされ、そのまま上昇乱気流にさらわれる。マグマのごとく光を発する地面からの輻射熱に、全身をあぶられる。戦乙女の姫君の軽い肢体は、木の葉のように上空へ巻きあげられていく。

 火刑に処されたような肌を焼く痛みを味わいながら、ヴァルキュリアの王女は全身から血の気が引いていく感触を味わう。

(なんだ、これは──!!)

 アンナリーヤは、焦燥と戸惑いを覚える。回転する眼下の視界には、残心の姿勢ととる初老の剣士の姿が見える。高温環境など気にも止めない涼やかな動きながら、一片の隙も見あたらない。

(自分の攻撃を当てるヴィジョンが見えないなど、初めての経験だからだ……いや……)

 己の金色の髪が焦げるいやな臭いを嗅ぎとりながら、戦乙女の姫騎士は自分の思考を自分で打ち消す。いま味わっている感触は、グラー帝と対峙したときと似ている。

 インヴィディアの凍原に『魔女』を伴って現れた、グラトニアの最高権力者。ヴァルキュリアの王女は、一対一でありながら、手も足も出ずに破れて、拘束され、なすすべなく『塔』に幽閉された。

 グラトニア帝国は、皇帝のみならず、それに比類する桁外れの実力者を抱えているというのか。アンナリーヤは、身震いする。

「──違うッ!」

 戦乙女の姫騎士は、自分自身を叱咤する。熱い空気のなか双翼を羽ばたかせ、どうにか体勢を立てなおす。

「実力で勝る相手だからといって、怖じ気づくような愚を繰り返してはならない……戦うまえから、敗北が決してしまうからだ!!」

 ヴァルキュリアの王女は、己に言い聞かせる。だからといって、攻め手を見いだせるわけではない。せめて勝機を探るための時間を稼ごうと、高度を保ち、男の頭上を旋回する。

「なにか……方法はないのか!? 針の穴をくぐるようなものでも、かまわないのだから……ッ!!」

 アンナリーヤは、鉛色の巨蛭の背に立つ初老の剣士を、目を皿にして観察し続ける。すると、男は奇妙な行動に出る。細く長い刀剣を、構えなおしている。

 剣はおろか、槍を投げても届かないであろう彼我の距離を、戦乙女の姫騎士は保っている。なにかしようというのなら、飛び道具の間合いだ。にも関わらず、初老の剣士は両腕に力をこめる。

「──ぬうぅぅん!」

「ふえ……ッ!?」

 男が刀剣を振るったことに、ヴァルキュリアの王女は遅れて気がつく。初老の剣士から、とっさに大盾の影に身を隠す。ほぼ同時に、暴風のごとき衝撃が襲う。魔銀<ミスリル>の表面を、なにかがこする、いやな感覚が伝わってくる。

「信じられない……武器の長さよりも遠くへ斬撃を当てるなど……あり得ないからだ!」

 必死に双翼を羽ばたかせながら、それでも上空へ跳ね飛ばされつつ、アンナリーヤは戸惑う。いま、間違いなく、斬撃が虚空を『飛』んだ。

 知識として、知らなかったわけではない。体術を極めた達人であれば、武器の間合いを越えて、敵を貫くことができる──戦乙女の伝承にも、記されている。

 しかし、アンナリーヤは自分の目で実際に見たわけではない。そもそも口伝で聞いた話は、槍の刺突を『飛』ばして、岩に小さな穴を穿つ程度のものだ。

「山すら両断するかのような、先ほどの一撃は……ヴァルキュリアに語り継がれる歴代戦士たちの誰をも凌駕しているからだ! そもそも作り話、比喩や誇張のたぐいではなかったのか!?」

 アンナリーヤは、一族の神話すら超越するような絶技を目撃し、恐怖を通りこして唖然とする。初老の剣士はかまうことなく、演武を披露するかのような流麗な動きで、刀を振りかぶる。

「ふえ──ッ!?」

 戦乙女の姫騎士は、男の構える刃が自分の滞空する高度を越えて、天を突くほどの長さまで伸びたかのように錯覚する。蜃気楼のごとくゆらめく刀身が、己に向かって倒れてくる。

「ぬうんッ!!」

 初老の剣士の雄叫びが聞こえる。ヴァルキュリアの王女が身を回転するとともに、魔銀<ミスリル>の大盾越しに、重い衝撃が襲いかかる。双翼を羽ばたかせる暇もなく、アンナリーヤは重力方向へたたき落とされる。

「……ごほッ!」

 大地に張りついた腫瘍のうえに墜落し、戦乙女の姫騎士は大きくせきこむ。数度、まばたきをして、めまいから視界を取り戻すと、そこには涼しげな眼差しで己を見下ろす男の姿がある。

「三度、斬りつけても割れぬとは、ずいぶんと丈夫な盾にて御座候……しかし、使い手の心意気は鷹なれど、技と体は雀なり……」

 初老の剣士が、刀を振りかぶる。とどめを刺すつもりだ。ヴァルキュリアの王女は、武器を構えようとする。できない。気圧されて、指が、四肢が言うことを聞かない。立ちあがることすら、かなわない。

(これが、侵略者どもの……グラトニア帝国の、暴威……ッ!!)

 アンナリーヤは目をつむり、死を覚悟する。圧倒的な軍備、兵力……それ以上に抱えている戦士の質の違いを理解する。

 男が無慈悲に振り下ろした刃は、しかし、戦乙女の姫騎士を斬り裂くことはなかった。ヴァルキュリアの王女がまぶたを開くと、初老の剣士は瞬間的に背後へ向きなおり、刀を振り抜いていた。

──ズバアァァンッ!!

 男の斬撃が『飛』び、なにものかを斬り裂く。高速で接近していた、技術<テック>の産物である鋼鉄の猛禽──ジェット機の片翼が両断される。

 小型飛行機は、大きくバランスを崩しながらも、刀を振り抜いた初老の剣士へ向かって突っこんできた。

【相対】

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