【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (1/16)【傍受】
──ピロロロン! ピロロロン!!
電子メールの着信音のように軽妙な、それでいて警報音のように重苦しい大音量のメロディが、天空に浮かぶ牧場に響きわたる。
聞き慣れないノイズに戸惑いを隠せないヒポグリフたちが首をめぐらせるなか、アサイラとリーリス、シルヴィアにナオミが音源に向かって牧草地を駆けていく。
鷲馬の放牧地を抜けて、自家用の野菜畑と薬草園を越えると、浮き島のはずれに係留された次元跳躍艇『シルバーコア』の船体が見えてくる。
「グリン! ララちゃんってば、なにをやってくれちゃってるのだわ!?」
リーリスは、両耳を手で抑えながら叫ぶ。至近距離まで近寄れば、耳障りではすまないほどの、脳髄を揺さぶられるようなボリュームだ。
「正直……これは、こちらにもきついのだな。ララは、なんだってこんな音量を……」
「バッド。ヒポグリフたちがパニックを起こしでもしたら、シェシュのおかみに大目玉じゃすまないだろ!」
聴覚の鋭敏なシルヴィアは、ぺたんと狼耳を倒して、顔をしかめる。舌打ちしたナオミが、船体側面の入り口から伸びるはしごに手をかける。
「ララちゃん! 騒音公害警報だわ!!」
濃紫のゴシックロリータドレスに身を包んだリーリスを先頭に、一同は次元跳躍艇のブリッジへと踏みこむ。
次元世界<パラダイム>を渡る船、その制作者である少女ララは、大きすぎる船長席に身を沈め、正面のメインモニターとにらめっこしていた。
艦橋前面をおおう大型液晶画面には、蛇のようにうねうねと身をのたうたせる波形グラフとめまぐるしく変動する無数のパラメータが表示されている。
「ひょこっ! こちらには見覚えがある……これは導子通信の波長だな?」
セフィロト社の導子テクノロジーに明るい狼耳の獣人は、モニターに映し出される情報の意味するところを理解する。
「わあっ! シルヴィア、それにみんなも……うん、おじいちゃんから連絡が来るかもと思って、導子通信の回線を開けっ放しにしてたということね」
情報解析に没頭していたララは、一瞬だけ一同のほうを振り向くと、ふたたび正面モニターへと視線を戻す。
「グリン……おじいちゃん、ってセフィロト社の『ドクター』のことかしら?」
「うん……そのとおりということね、リーリスお姉ちゃん。でも、この通信は違うみたい。広域に向けたもので、暗号化されたものを拾ったみたい」
「トン、ツー、トン、トン……この波長パターンは知っているぞ。セフィロト企業軍で使われていた軍用暗号だな」
シルヴィアは、船長席の少女をアシストしようとオペレータ席に座り、コンソールに指を添える。その様子を眺めながら唯一の男性、アサイラは腕組みする。
「あのハゲ博士からの通信ではなくて、しかも俺たちに向けたものでもない……ということは、セフィロト社の残党がなにかやっているということか?」
「その可能性は高いんだけど、断言はできないということね……ちょっと、暗号パターンを解析してみる」
ララは正面を見据えたまま、ブラインドタッチでキーボードをたたく。正面モニターに、よくわからないプログラムが起動する。
数十秒後、画面に大きく『COMPLETE』の文字列が表示される。リーリスは、上半身をまえに乗り出す。
「ララちゃん……通信の中身を聞かせてほしいのだわ」
「……通信の秘密を冒しているみたいで少し気が引けるんだけど、緊急時だから止むを得ない、ということね!」
少しだけ得意げなララは、エンターキーをたたく。船内スピーカーからノイズ音があふれ出し、そのなかから、しだいに人間の言葉が浮きあがってくる。
『ザリ、ザリザリ……こちら実働部隊、所定のポイントに到達した……試作大型対空ミサイル発射器、スタンバイ……』
『ザザザ……ザリザリ……こちら前線司令部、作戦決行を指示する……目標、浮遊城塞、攻撃のカウントダウンを開始……』
「バッド、穏やかじゃないだろ!」
「……アサイラ!」
「ああ……!」
リーリスとアサイラ、それにナオミは、身をひるがえしてブリッジから飛び出す。船腹の扉から身を乗り出して、外の様子……天空城の方向をうかがう。
息を呑んで待つこと数十秒、雲の隙間から小型のロケットのようなものがジェット噴射を放ちながら上昇してくる。
──バチィ! バチバチッ!!
蒼穹に白い電光が走る。垂直に上昇するミサイルの突端が、不可視の壁──魔法<マギア>の結界に接触した。
「……戦乙女<ヴァルキュリア>の魔法<マギア>は、相当なレベルだわ。これだけ高度な防御結界なら、ふつうは防ぎきれるところだけど」
「いやな予感がする、か。それに、あれはどこかで見たような……」
アサイラたちが拳を握りしめて見守るなか、雲のうえにまたたく閃光はいっそう激しさを増す。一度は、上昇の止まったロケットがふたたび天を目指して動きはじめる。
「ララ、シルヴィ! なにが起こっているかわかるだろ!?」
ナオミが、開閉式の扉を開け放したままの艦橋に向かって怒鳴る。ドアの向こうから、情報を解析するコンピュータの電子音が聞こえてくる。
「ララが、詳細を分析中だ! ただ……こちらには、見覚えがある。セフィロト企業軍向けに開発していた、対魔法<マギア>弾頭だな!!」
ブリッジの暗がりのなかから、シルヴィアが声を張りあげる。リーリスは瞳を丸く見開き、アサイラは目を細める。
ミサイルを押しとどめる抵抗が無くなった、と見てとれた。弾頭はゆっくりと上昇を続け、天空城の基底部に接触する。
──ドオオォォォ……ンッ!
重苦しい爆発音が、遠くに響く。雲のうえに浮かぶ白亜の城が揺らぎ、戦乙女の象徴を支える土台から爆煙があがっている。
牧場の中心部からは、ぎゃあぎゃあぎゃあっ、と異常を察知したヒポグリフたちのけたたましい遠鳴きが聞こえてくる。
「攻撃、か? どこの誰が、なんのために……」
アサイラは、呆然とつぶやく。すぐそばに立つ二人の女、リーリスとナオミは、その答えを持ちあわせていない。
雲上の王国はしばし騒然としたのち、文字通り蜂の巣をつついたように、天空城から飛び出した無数の戦乙女たちが地上に向かって降下していった。
→【迎撃】
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