見出し画像

【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (2/16)【迎撃】

【目次】

【傍受】

「猛々しき姉妹たちよ、自分について来い! 我らが悲憤慷慨を晴らすからだ!!」

 双翼を大きく広げて雲上を滑空するヴァルキュリアの王女、アンナリーヤは振り向きながら声を張りあげる。

 戦乙女の右手には身の丈ほどの突撃槍<ランス>、左手には全身が隠れる大盾。ともに蒼碧の輝きを放つ、高純度の魔銀<ミスリル>製の武具だ。

 アンナリーヤの背後には、武装した三十名のヴァルキュリアと、軍馬として運用される七頭のヒポグリフが追随する。

 魔銀<ミスリル>の武具に身を包んだ頼もしき同胞たちの勇姿を見て、ヴァルキュリアの王女は前を向きなおる。

 同時に、アンナリーヤの胸中を不安がよぎる。さきほど、天空城を揺るがした攻撃はまったく未知のものだった。

 それ以前に、年長の戦乙女に聞いても、あるいは伝承の知識をたどっても、雲上の牙城まで届く攻撃手段など聞いたこともない。

 だからこそ、天空城に鎮座するヴァルキュリアの治世は安泰だった。たとえ地中深くに、戦乙女の存在を良しとしないドヴェルグ族が巣くっていても……

(……本当に、ドヴェルグどもの仕業なのか?)

 アンナリーヤは、己の脳裏に浮かんだ疑問を反芻する。確かに天に座すヴァルキュリアと地の底に暮らすドヴェルグ族は犬猿の仲で、緊張関係にある。

 だが、戦乙女の姫君が産まれるまえに両者の戦争状態は集結し、すくなくとも表面上は平和的な関係を保っている。

 感情面はともかくとして、現状の関係が両種族にもたらしている恩恵をドヴェルグ族とはいえ理解していないとは考えがたい。

(どうであれ自分は、ヴァルキュリアの誇りである天空城を傷つけた狼藉者を許すわけにはいかないからだ……!)

 アンナリーヤは迷いを払うように、魔銀<ミスリル>の兜をかぶった頭をぶんぶんと左右に振る。姉妹たちに示すように大槍を掲げる。

「自分たちはこの空を守っている! 貴殿らとともに、それを示す! 安寧を乱す無法者に、思い知らせるときが来たからだ!!」

 戦乙女の姫君の言葉に、背後のヴァルキュリアたちはときの声で応える。アンナリーヤは、飛翔の軌道を急降下方向に傾ける。

 戦陣を切る王女とともにヴァルキュリアの姉妹たちは、分厚い灰色の雲のなかに次々と飛びこんでいく。

200526パラダイムパラメータ‗インウィディア

 アンナリーヤの視界が一時的にふさがり、ふたたび目のまえが開けたときには、すでに吹雪が荒れすさむ曇天の下にいる。

 戦乙女たちは、大きく弧を描くように旋回しながら、地表に広がる凍原に眼をこらす。敵らしき集団は、すぐに見つかった。

(ドヴェルグではない……? 体格が違うからだ)

 凍りついた大地のうえに、甲冑に身を包んだ者たちが数十人ほどいる。集団の中央には、アンナリーヤには見慣れない鉄製の荷車のようなものがある。

 粉雪をまき散らす強風に乗りながら、戦乙女たちは空中から敵に接近していく。相手もヴァルキュリアに気づいたのか、大筒状の武器らしきものをかつぐ。

「全員、散開! 攻撃が来るからだッ!!」

 アンナリーヤは直感的な警戒心に従い、姉妹たちに指示を飛ばす。追従する戦乙女は、姫騎士の言葉に従う。

──バシュウッ!

 ヴァルキュリアの声をかき消すように、聞いたことのない轟音が凍原に響く。相手の背に乗った大筒から、炎の尾を吹く鉄杭が空に向かって放たれる。

 初めて対峙する技術<テック>の兵器──スティンガーミサイルを、戦乙女たちは紙一重で回避する。

 導子誘導装置により追跡してくる鉄杭を、天空の戦士たちは魔銀<ミスリル>製の槍や剣で打ち払う。

「ギャビイィィーッ!?」

 戦乙女の部隊の後方から、猛禽の悲鳴が響く。図体が大きく小回りの効かないヒポグリフの軍馬は、鉄杭の直撃を喰らい、騎手ごと爆散した。

「動き続けろ! 速度で勝れば、狙いを定められないからだッ!!」

 血と肉片が飛び散り、背筋に走る冷たいものを感じながら、ヴァルキュリアの王女は姉妹たちに檄を飛ばす。

 どうやら、空飛ぶ鉄杭は連発の効かない武器らしい。地表の甲冑兵たちは一射めの大筒を投げ捨て、次の射撃の準備にとりかかっている。

「貴殿らは、自分の背にまわれ! 我が盾は、すべてを防ぐからだ……ッ!!」

 規律正しき三次元軌道で、ヴァルキュリアの姉妹たちは姫騎士の後方に陣取る。地を這う敵兵は、二射めの鉄杭の大筒を肩にかまえる。

──バシュウゥゥ!

 ふたたびスティンガーミサイルによる対空射撃が放たれる。アンナリーヤは、戦乙女の王家の宝である純魔銀<ミスリル>製の大盾を前方に掲げる。

「──拒め! 『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』ッ!!」

 魔銀<ミスリル>の大盾が、まばゆい光を放つ。不可思議な、しかし断固とした力場が姫騎士を中心に展開される。

 ヴァルキュリアたちを貫こうと飛翔する技術<テック>の毒牙の先端が、アンナリーヤの放つ輝く力場に接触する。

 炎の尾を噴く鉄杭は、それ以上の前進はかなわずにひしゃげ、折れまがり、一本残らず空中で爆散した。

【吶喊】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?