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【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (3/16)【吶喊】

【目次】

【迎撃】

──ズガガッ! ズガガガ……ッ!!

 地表から、重苦しい金属音が響く。甲冑兵の手元に、小さな閃光が幾度も見える。姫騎士の大盾を、肉眼で捉えられぬほどの速度で飛翔した礫がかすめていく。

『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』の展開をほどいて束の間、凍原の敵兵たちは、先ほどまでの空飛ぶ鉄杭とは別の武器に持ち替えたようだ。

「ぐアはナ……ッ!?」

 アンナリーヤの背後で、ヴァルキュリアの姉妹の悲鳴が響く。なにかに貫かれ、白い翼を傷口から噴き出す血に染めながら、数名の戦乙女が落下していく。

「再度、散開だ! 各自、ツバメのように飛べ……敵に軌道を読まれれば、墜とされるのみだからだ!!」

 姫騎士の指示に応じて、ヴァルキュリアたちは四方に散らばり、急旋回を交えた複雑な軌道で滑空する。

「許せん。天空城を傷つけるのみでは飽きたらず、自分らの姉妹を手にかけるとは……悲憤慷慨だからだッ!」

 アンナリーヤは、ほぼ垂直に地面へ向かって急降下していく。未知の武器から高速で射出される無数の飛礫が、姫騎士の軌跡を覆う。

 墜落寸前まで地表につっこんだアンナリーヤの風圧で、凍原につもった雪が煙幕のごとく巻きあがり、甲冑兵どもの眼をくらます。

 雪煙のなかから、直角に進路を曲げて地表すれすれを飛翔する姫騎士が飛び出してくる。突撃槍<ランス>の穂先が、狼藉者の一人に狙いを定める。

「戦乙女の怒りを知るがいい! 貴様らが、傲岸不遜だからだッ!!」

「ぶブぎゃ……ッ!?」

 魔銀<ミスリル>の穂先が、敵の一人の心臓をつらぬく。アンナリーヤは、吐血する相手を串刺しにしたまま、急上昇する。

 兜の陰で、姫騎士は眉をひそめる。確かに心臓をつぶした。おびただしい出血がそれを証明している。にもかかわらず、甲冑兵の四肢は動いている。

「ぁ、ゲべ……ッ! グラトニア、帝国……万歳!!」

 狼藉者の右手が、腰に携えていた果実状の鉄塊をつかみとる。左手の震える指が、果梗の部分に差しこまれた金具を引き抜く。

「──ふえッ!?」

 いやな予感を覚えたアンナリーヤは、とっさに敵兵を串刺しにした突撃槍<ランス>を投げ捨て、その方向に大盾をかまえる。

 刹那、空中で甲冑兵は爆発四散する。魔銀<ミスリル>の盾の表面に、血と肉のかたまりがぶつかる。わずかでも判断が遅れれば、自分も肉片になっていた。

「なんと信じられぬ蛮勇か……自らの死も厭わないからだ……」

 戦乙女の姫君は、呆然とつぶやく。自分たちとて姉妹のために命を捨てる覚悟はしているつもりだったが、このような形で見せつけられるとは思わなかった。

 半身を失った亡骸とともに大槍は落下し、凍原に突き刺さる。空中のアンナリーヤを狙って、断続的な対空射撃が再開される。

 ヴァルキュリアの王女は、三次元の軌道を描いて敵兵の照準を攪乱しつつ、高速で地表をかすめて魔銀<ミスリル>の突撃槍<ランス>をつかみとる。

「あう、アァ……ッ!?」

 ふたたび浮上したアンナリーヤの耳に、ヴァルキュリアの姉妹の悲鳴が届く。また一人、狼藉者の射撃の犠牲になって墜落する。思ったよりも、敵は手強い。

「ク……ッ。敵将は、どこだ!? これだけ統制のとれた部隊ならば、優秀な指揮官が率いているはずだからだ!!」

 姫騎士は内心焦りながら、地表を見まわす。甲冑兵たちのかまえる未知なる射撃武器が小さな閃光とともに礫を吐き出し、空を舞う戦乙女たちを追い立てる。

 だが、指揮者らしきものは見あたらない。にもかかわらず、狼藉者たちは統率のとれた動きを見せる。士気が乱れる様子もない。

「自分のように先陣に立つ将はいないというのか? それなのに、迷わず戦い続けるというのか? 信じられない、まったく未知の存在だからだ……」

 ヴァルキュリアはもちろんドヴェルグであっても、戦や狩りにおもむく集団には率いるリーダーが不可欠だ。そうでなければ、連携は途絶えバラバラになる。

「悲憤慷慨だ……これでは、相手を全滅させるほか手がないからだ」

 アンナリーヤは急旋回をくりかえしながら滑空し、戦場全体を俯瞰する。襲撃者の数は、戦乙女たちと同数か、やや多いくらいか。

「天空城から、増援呼ぶか? このままでは、らちがあかないからだ……」

 自分の脳裏に浮かんだ思いつきを、姫騎士は躊躇する。敵が手強いからといって、戦力の逐次投入は、愚策。姉妹の犠牲は、ますます増えてしまう。

──ヒュオッ!

 結論を出せずにいるアンナリーヤは、鋭い風切り音で我にかえる。姉妹の一人が、高速飛行しつつ弓を引き、魔銀<ミスリル>の矢を放ったのだ。

 蒼碧の輝きを放つ矢は吹雪を切り裂き、甲冑兵の頭部に命中する。ななめうえから頭蓋を貫かれた狼藉者は、そのまま凍原に倒れ伏す。

「やった──」

 姫騎士が快哉をあげようとするまえに、一度は倒れたはずの敵兵はひざ立ちとなり、ゆっくりと起きあがる。

 甲冑兵は兜に突き刺さった矢を強引に引き抜くと、鮮血と脳漿があふれることもいとわず戦列に復帰していく。

 矢を放った射手はもちろん、ヴァルキュリアの姉妹たち全体に動揺の広がっていくのが、姫騎士にも伝わってくる。

「自分らは、地獄の亡者とでも戦っているのか……? いや、そんなことは、あり得ない。自分は、誇り高き戦乙女! 天空の守護者だからだ!!」

 怖気の走る光景に気圧されかけたアンナリーヤは、しかし、己自信を叱咤する。滑空の軌道が交差する瞬間、側近の魔術師に指示を伝える。

「魔法<マギア>で、連中の視界をつぶせ。あの射撃はやっかいだからだ」

「了解です。姫さま……!」

 短い言葉を交わすと、姫騎士と魔術師の戦乙女の距離はふたたび離れていく。アンナリーヤは上空をあおぎ、ほかの姉妹たちに視線を向ける。

「皆、接近戦に持ちこめ! たとえうごめく死体であろうとも、四肢を斬り飛ばせば動けなくなるはずだからだッ!!」

「──『羽幕』の魔法<マギア>ッ!」

 姫騎士が檄を飛ばすと同時に、戦乙女の魔術師は詠唱を完了する。激しい戦闘とともに飛び散ったヴァルキュリアの羽毛が、意志を持ったかのように風に乗る。

 戦乙女の翼の破片が吹雪に混じり、渦を巻くように敵兵を取り囲み、その視界をふさぐ。一時的に、対空射撃が止まる。

「姉妹たちよ、自分に続け! 千載一遇の機会だからだ!!」

 魔銀<ミスリル>の大盾を掲げつつ先陣に立つアンナリーヤは、無数の姉妹たちを引き連れて、地を這う狼藉者どもに向かって吶喊<とっかん>していった。

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