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【第2部11章】地底にある星 (15/16)【到達】

【目次】

【加速】

──ガガガンッ!!

 マズルフラッシュが闇を引き裂くと同時に、銃声が坑道に響きわたる。トロッコが、被弾する。車両の横板が、ばらばらになって弾け飛ぶ。

 ナオミは、五感を総動員して状況の把握につとめる。発火炎のきらめきと発砲音から、敵との距離は数十メートルに満たない。

 そして攻撃に用いられたのは、いままで喰らってきた大口径弾を発射する銃火器ではない。ロケット弾でもない。より細かい銃弾を、大量にばらまくタイプだ。

「つーことは、ショットガンだろ! すぐに次が来るッ!!」

 赤毛の操縦手は、もはや底板だけになったトロッコのうえで、サーフボードの波乗りのようにひざを曲げて立ちあがる。

 足の動きで底板を傾ける。ロケットランチャーで破壊された箇所を回避したときのように、車体を空中に跳ねさせる。

──ガガガガンッ!

 直後、二射めの散弾が飛来する。ナオミの赤毛とトロッコの車輪をかすめる。線路上を走っていたら、確実にミンチとなっていた。

 赤毛の乗り手は、自分自身と残されたトロッコのパーツが一体となる様をイメージする。空中で90°身をひねり、トンネルの岩壁に着地する。

 上下左右がよじれた状態のまま、ナオミは坑道の岩壁を螺旋状に走らせる。三射めの散弾は、ナオミが二秒前にいた地点をうがつ。

「ヤロウ、車輪から出る火花で照準をつけてやがるだろ……こればっかりは、どうしようもないな……ッ!!」

 赤毛の乗り手は、四つの車輪にいっそう導子力を注ぎこみ、回転を加速する。四射め、五射めの散弾が虚空を射抜く。

「だが……おかげでわかったこともある。テメエ、夜目が利かねえな? つまりドヴェルグじゃあない、ウチと同じ人間だろ!!」

 車輪の放つ火花が立体的な軌跡を描きつつ、トロッコはスピードを増していく。数度のマズルフラッシュから、ナオミは敵の位置をほぼ把握する。

「デいれえッ!?」

 執拗なショットガンの射撃が中断すると同時に、ドヴェルグの断末魔が聞こえる。おそらく、生命力を弾丸として撃ちつくして絶命した。

「バッド! 能力のタチが悪すぎだろ……いったい何人を使いつぶしたんだ、クソヤロウ!?」

 赤毛の乗り手の問いに返答はない。代わりに舌打ちと、がしゃん、と散弾銃を投げ捨てる音が聞こえる。

 帰属意識の薄いナオミだが、一宿一飯の恩義には応えるのが信条だ。憤怒の形相を浮かべ、闇のなかにいるはずの敵に狙いを定める。

 いまにもバラバラに分解しそうな音を立てながら、車輪が高速で回転する。いまやトロッコは上下逆転し、坑道天辺を疾走する。

 ドヴェルグやヴァルキュリアのような異種族のことはわからないが、ナオミの知る人間は平面的に空間を認識しているものだ。

 つまり、上下方向から迫る攻撃には反応が遅れやすい。イクサヶ原のサムライたちは飼い慣らした恐竜の巨体のうえに陣取り、その優位性を存分に利用していた。

 赤毛の乗り手は、顔をあげる。重力のベクトル方向、線路のうえに立つ敵の姿が、ここまで接近すれば闇のなかでもぼんやりと浮かんで見える。

「テメエも、年貢の納めどきだろ……あぁんっ!?」

 酔狂にもテンガロンハットをかぶった征騎士は、暗黒を払うように右腕を振るう。ナオミへ向けられた手の先に、なにかがにぎりしめられている。

「ユー、知っているかい。銃には、三つの種類がある。脅す銃。傷つける銃……そして、ミーが使うのは三番目。殺す銃だ」

 ぶつぶつとつぶやくウェスタンスタイルの男の利き手には、大口径のジャイロジェットピストルがおさまっている。

 その銃口は、まっすぐ赤毛の乗り手の眉間へと据えられる。ナオミは、自身を頭蓋をまっすぐに捉えた殺気に身震いする。

「バッド! 隠し持っていたのか、ドヴェルグから造りだしたのか。いや……自分の身体から、取り出しやがっただろ!?」

 テンガロンハットの影で男の口元が、にやり、とゆがむ。無骨な指が、トリガーにかかる。ナオミは、思い切り前方を蹴りつける。

 ブーツにつつまれたつま先が、壊れかけのワームエンジンを揺さぶる。横窓の留め金が外れ、動力機関のなかから潮水とシーワームが飛び出す。

「なぬあ──ッ!?」

 巨大な軟体生物が、ウェスタンスタイルの男の上方から襲いかかる。顔面に巻きつくシーワームによって視界をふさがれ、征騎士の手元が狂う。

 ジャイロジェットピストルのトリガーが引かれる。推進剤を燃やしながら銃弾は飛翔し、トロッコからわずかにそれた地点に命中して炸裂する。

 テンガロンハットの征騎士は、巨大軟体生物を振りはらう。ナオミは、トロッコの底板ごと坑道の天井から地面に向かって跳躍する。

「喰らいなアアァァァ──ッ!!」

 赤毛の乗り手の絶叫が、トンネルに反響する。空中でツイスト回転して、トロッコの車輪側で敵へと急降下していく。

 底板に隠れて、ウェスタンスタイルの男の顔が見えなくなる。空転する鉄輪によって肉と骨をえぐる不快な感触が、ナオミの足に伝わってくる。

「えぎぼバぶ──ッ!?」

 赤毛の乗り手は、テンガロンハットの征騎士の身体を踏み台にして再度跳躍し、線路上に着地する。その衝撃に耐えきれず、トロッコはばらばらに分解する。

「うぐあ……ッ!!」

 ナオミはレールのうえに放り出され、ごろごろと地面を転がる。うつ伏せの姿勢で顔をあげると、首なし死体となった征騎士が仰向けに倒れこんでいく。

「グッド……いや、バッドだろ……!」

 赤毛の女は快哉を呑みこみ、悪態をつく。頭部を粉砕された侵略者の周辺では、闇に沈むように無数のドヴェルグの死体が転がっている。

 敵将は討ち取ったが、まだ、雑兵が潜んでいる可能性はある。ナオミは、立ちあがろうとする。ひざをついたところで、ふたたび地面に倒れ伏す。

 導子力を、使いすぎた。自分で思っていたよりも、精神と肉体の疲労が激しい。赤毛の女戦士は、そのまま眠るように意識を失った。

【氏族】

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