【第2部11章】地底にある星 (14/16)【加速】
【猛火】←
──ズガァンッ!!
暗黒を引き裂くような咆哮とともに、トロッコが真正面から強烈な衝撃を受け止める。一瞬だけ、車両の前進が停止するほどのショックだった。
だが、トロッコは止まらない。敵の本丸に向けて、走り続けている。車体も無傷とはいかないが、いまの射撃をどうにかこらえた。
代わりに、車体に張りつけられた岩のかたまりが砂のようにばらばらとなって飛び散っていく。
ララの発案で、シルヴィアの『シフターズ・エフェクト』によって固着された追加装甲が、いまの一撃で完全にはがされたことをナオミは理解する。
「バッドだが、グッド……ここまで守ってくれただけでも上出来だろ!」
車両が破損するよりも先に自分が流れ弾に当たって死ぬという愚を犯さぬよう、トロッコの底面に這うように身を沈める赤毛の操縦手がつぶやく。
ここまでの攻撃は側面、あるいはななめ方向からだったが、直前の射撃は正面からだ。つまり、直線で対峙する距離まで近づいたことを意味する。
「グッドもグッド……なんだかんだいってララは、やっぱり大したヤツだろ」
イクサヶ原での合戦の経験から、ナオミは100%の成功を約束する軍略など存在しないことを知っている。
絵に描いただけの理想論よりも、一分でも生き残る確率を高め、一寸でも敵に肉薄できる策のほうがはるかに勝利へ近づける。
「まったくもって……小さな軍師さまさまだろ」
ナオミは緊張が抜けて、横板によりかかりそうになる。自らの頬をはたいて、己に活を入れなおす。
「バッド。敵をしとめるまえに、気を抜くヤツがいるか。せっかくの苦労が水の泡になる。家に帰るまでが遠足だろ」
ララの発案でシルヴィアが施した岩の装甲は、リアクティブアーマーのような性質を持っていた。ナオミがそれに気づいたのは、設置型機銃<セントリーガン>を突破したあたりだ。
シルヴィアの異能である『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』は、物体同士を固着するが、第三者が力を加えると簡単に外れてしまう。
ララは、固定能力としては弱点ともいえる性質を逆手にとった。
トロッコに固着した岩が被弾すると、衝撃によって『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』の固着が解除される。
このさい、銃弾の運動エネルギーは剥離した岩盤装甲によって外部に逃されて、トロッコ本体にはダメージがおよばない。ロケットランチャーの爆発に対しても、有効だ。
岩のかたまりを身代わりにしながら、ナオミを乗せたトロッコはここまで進んできた。敵のリーダーは、これほどの接近を想定できていない。
「もう一踏ん張りだろ。ここからは、ウチの見せ場だ」
赤毛の操縦手はひざ立ちになる。トロッコはまだ前進しているが、ガタつきが激しい。ナオミは、床板に右手をつく。
ナオミの『シフターズ・エフェクト』である『万能運転手<マイティ・ドライブ>』によって、トロッコの状態を自分の身のように知覚する。
車軸が、ゆがんでいる。車体全体も、ひしゃげている。箱型の横板が、がたがたと音を立てる。線路のうえで、いつ空中分解してもおかしくない。
ララとシルヴィアによる岩盤装甲をもってしても、度重なる銃撃で完全な無傷とはいかない。むしろ、いままでよく保ったくらいだ。
「うわッぷ!? バッド!!」
激しく回転し続けるワームエンジンから海水が噴き出し、ナオミの顔を濡らす。赤毛の操縦手は、ライダースーツの腕で顔をぬぐう。
「こりゃ、エンジンの動力も車輪にまともに伝わってないだろ……慣性だけで走っているってわけか。テメエも、よく頑張ってるよ」
いまにも脱線しそうなほど不安定なトロッコの走行を、ナオミは自身の重心移動で巧みにバランスをとる。
『万能運転手<マイティ・ドライブ>』の異能によって、赤毛の操縦手は己の導子力を車両に注ぎこみ、前進するための動力とする。
被弾のリスクを覚悟しつつ、ナオミはトロッコからわずかに顔を出し、進行方向の様子をうかがう。
完全な闇だ。車両の走行音が、トンネルに反響している。激しい風圧が、赤毛のショートヘアを逆なでする。
敵は、灯りを使っていない。ナオミの視力では、見通せない。だが、一分もかからずに到達できる距離にいるはずだ。
「あのヤロウをこのまま轢殺できれば、グッド……」
エドヴィル族長の地図を確認した限り、いま走っているのは、そして敵が陣取っているのは逃げ道のない直線だ。
──ガシャン……ッ。
風切り音にまじって、小さな金属音が聞こえてくる。壊れかけのトロッコがあげる悲鳴ではない。冷たい殺意をはらんだ、なんらかの銃器を操作する音だ。
「バッド……いや、グッド! すぐそこにいるってことだろ。一騎打ちなら受けて立ってやるぜ、クソヤロウッ!!」
ナオミは、イクサヶ原のサムライが名乗りをあげるように、トロッコのうえから眼前の闇に向かって咆哮した。
→【到達】
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