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【第2部11章】地底にある星 (16/16)【氏族】

【目次】

【到達】

「──おい! だいじょうぶか!? しっかりしろ!!」

 結局、気絶したナオミはビョルン氏族のドヴェルグたちに救助された。不幸中の幸いと言うべきか、居住区の人的被害はわずかだった。

 ナオミを送り出したあと、エドヴィル族長の地下道の知識をもとにシルヴィアはゲリラ戦をしかけ、襲撃者たちをかく乱した。

 敵の首魁である征騎士をナオミが斃したあとは、銃火器が消失し、ドヴェルグの若い衆も加わって簡単に取り押さえることができたという。

 捕虜となったドヴェルグの狼藉者たちは、尋問する間もなく、まるで毒でも飲んだかかのように絶命したらしい。

「──それじゃあ、エドヴィルの叔父貴、ずいぶん世話になっただろ。ほかのヤツラにも、よろしくな」

「ぐっふっふ。それはこちらの台詞たんな。ビョルン氏族の全員が、おぬしさまらに感謝しとる。死んだ者らだって……」

 帰り支度を整えたナオミはヒポグリフのうえから、わざわざ地表まで見送りに来てくれた地底の住人たちに声をかける。その中心には族長の姿がある。

「そちらの犠牲者には、もうしわけなかったのだな。もう少し、うまく対応できれば死者を減らせたかもしれない。それに、あの征騎士は……」

 悔いるような声音の狼耳の獣人娘は、そこで言葉に詰まる。集落を襲ったグラトニア征騎士は、自分たちを狙って現れたのかもしれない。

 ナオミも抱いていたその懸念を、シルヴィアはもちろん、ララも口にすることはなかった。

「やめて欲しいたんな。おぬしさまらがいなかったら、ビョルン氏族はいまごろ全滅しとる。命の恩人に、詫びを言われる筋合いはない」

 凛とした初老のドヴェルグの言葉に、そうだそうだ、と周囲のドヴェルグたちが声をあげる。ヒポグリフが、背に乗る三人に代わって返事をするようにいななく。

 洞窟の入り口につながれていた鷹馬の世話を、見張りの者がちゃんと見てくれていたらしい。有翼の乗騎は、だいぶ地底の住人らに慣れている。

「それはそれとして、おまえさんたち、せっかく持ってきた土産はいらないのか? 値打ちものだぞ! ビョルン氏族の宝だぞ!!」

 見送りのドヴェルグの一人が声をあげる。周囲の仲間たちが、それぞれ手にした品物を掲げてみせる。

 大海竜の強靱ななめし革、宝石と貴金属きらびやかな装飾品、シーワームの臓物を漬けこんだ塩辛入りのタル──感謝の証として集められた、珍品たちだ。

「みんなの気持ちは、とーってもうれしいんだけど! いまは、船の修理に使う魔銀<ミスリル>が最優先ということね!!」

「ララの言うとおりだろ……ずいぶんとたんまり魔銀<ミスリル>をもらっちまった。これ以上なにか載せたら、コイツが飛べなくなっちまう」

 ララとナオミが、ドヴェルグたちに声を返す。シルヴィアが、ヒポグリフの胴体にぐるりとくくりつけられた革袋を叩いてみせる。中には上質の魔銀<ミスリル>のインゴットがぱんぱんに詰めこまれている。

「うんむ。加工法は、弟のエグダルに聞けばわかるはずたんな」

「そろそろウチらは行くぜ、エドヴィルの叔父貴。こんな寒空の下にいつまでも突っ立ていたら風邪を引いちまうだろ? 元気でな!!」

「追加の魔銀<ミスリル>が必要になったら、いつでも来るたんな! ほかのものでも……鉄でも金銀でも、なんでも用立ててやる!!」

 ナオミは手綱を操り、ヒポグリフの双翼を羽ばたかせる。限界まで荷物をくくりつけた乗騎が、重そうに浮上する。

 ドヴェルグたちが大きく手を振るなか、三人の異邦人を乗せた鷹馬はゆっくりと舞いあがり、厚い灰色の雲のすきまに消えていく。

 エドヴィル族長は、目を細める。見知らぬ種族の女たちが、襲撃を受けたのは自分たちの責任ではないか、と考えているのを初老のドヴェルグは見抜いていた。

 エドヴィル族長は、あごの下で縛った白髪混じりの髭をなでる。狼藉者たちに関する初老のドヴェルグの見解は、違う。

 いくつかあるドヴェルグの集団のなかでも最大勢力であるカマルク氏族が、異世界からやってきた人間と手を組んだ、というウワサを耳に挟んでいる。

 カマルク氏族に接触したのは、あの三人とは別の次元転移者<パラダイムシフター>と考えるのが自然だ。ゆえに、事態はよけいにややこしい。

 ヴァルキュリアたちに対して強硬的なカマルク氏族と、穏健かつ中立的な態度を守り続けているビョルン氏族の仲は、お世辞にも良いとはいえない。

 さらに、カマルク氏族の長がビョルン氏族の『氷床』を欲しがっているというのは、地底の住人たちのあいだでは公然の秘密だった。

(襲われる理由があるのは、わしらのほうたんな)

 エドヴィル族長は、小さくため息をつく。一時的に止んでいた吹雪がふたたび荒みはじめる。早く地下に戻ったほうが良さそうだ。

 初老のドヴェルグがそう考えて顔をあげたとき、周囲の同胞たちが静まりかえっていることに気がつく。代わりに、新しい血の臭いが漂っている。

「……ッ!?」

 エドヴィル族長は周囲を見まわす。見送りの若い衆たちは、初老のドヴェルグ一人を残して、物言わぬ屍となり周囲に倒れ伏していた。

 死体は、鋭利な切断面によっていくつにも分割されている。鮮血があふれ出し、白い雪だまりを深紅に染めあげている。

──キュルキュルキュルッ。

 聞き慣れない耳障りな音が、凍える渓谷に響く。次の瞬間、エドヴィル族長の身体は腰と首の位置でたやすく分断される。

 痛みを感じる間もなく意識が消えゆく初老のドヴェルグは、少し離れた位置にいる小柄な男が自分たちのほうに右手を伸ばしていることに気がつく。

 男は、居住区の襲撃者と同じ紋章の描かれた外套を背に羽織っている。それだけ確認すると、エドヴィル族長の頭部は胴体から離れて雪のうえに転がりおちた。

【第12章】

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