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【第2部8章】星を見た塔 (11/16)【袋道】

【目次】

【忠誠】

──ズガッ、ガガ、ガ……ッ。

 機関銃の発砲音が廊下に響き、隔壁の閉鎖とともに聞こえなくなる。『伯爵』は重厚な扉に背を預けながら、階段の下に広がる天然洞窟を見おろす。

 ここは、『伯爵』の目的地だ。だが、単にたどりつけばいいと言うものではない。ここで、やらねばならいことがある、そして、このままではその猶予がない。

 隔壁の封鎖が間にあったのは不幸中の幸いだったが、それだけだ。次の手を思考するわずかな時間稼ぎにすぎない。敵はすぐに、この扉をこじ開けるだろう。

「まったく、死してなお我輩を苦しめるとは……大したものかね、貴公は」

 キャスケット帽の伊達男は、階段のうえから征騎士アルフレッドの遺体に恨めしげな視線を向ける。

 この状況が、白タキシードの若者の狙いだったか確かめるすべはもはやないが、『伯爵』を窮地に追いこんだことは変わりない。

「二度あることは三度ある……ということかね。はたまた、三度目の正直、か」

 セフィロトの元エージェントはため息をつくと、状況を打破するための方策を思案する。最悪、撤退も視野に入るが、ここまでの苦労が水泡に帰す。

 むしろ、ただ逃げることすら難儀な状況だ。『伯爵』は、自身の呼吸が乱れていることを自覚する。ここまでの戦闘で、疲労が蓄積している。

 キャスケット帽の伊達男は、ポーチのなかをまさぐる。現在の自分に残された装備と選択肢を再確認する。C4爆弾とその信管、それにスモークグレネードがひとつ。

 ガンガンッ、と隔壁を叩きつける鈍い振動が、背中ごしに伝わってくる。かなりの強度があるようだ。セフィロト本社の機密シャッター程度の堅牢性か。

 それでも、いずれは破られる。敵勢力の装備や状況から類推するに、爆薬や重機の類は用意していて当然だ。

「さて、我輩のほうはどうするかね……」

 地下空間を見回しながら、『伯爵』は独りごちる。広大な天然洞窟だ。闇のなかに身を隠しつつ、逃げまわるか?

 だめだ。相手は多人数。自分は単騎で、疲労もしている。さらに占拠者である敵勢力のほうが、この天然洞窟の地形を把握している可能性は高い。

「では、だ」

 C4爆弾を地雷代わりにセットして、敵兵をまとめて噴き飛ばすか? 『伯爵』は、頭を振る。これも、難しい。

 ここは、天然洞窟だ。『塔』の建設時に整備されてはいるだろうが、それも千年前の話だ。天井の強度がどの程度か、担保できない。

 最悪、大規模な崩落が起きて『伯爵』自身も生き埋めとなる可能性がある。自分で墓穴を埋めるような事態になっては、話にならない。

「ふむ……正直なところ、そろそろブレイクタイムと洒落こみたいのだが」

 歴戦の元エージェントは、うんざりした様子で最後の選択肢を検討する。

 閉鎖空間であることを利用して、スモークグレネードの白煙を充満させる。敵兵たちの視界を奪い、その隙にゲリラ戦をしかけ、各個撃破を試みる。

 腹をくくった『伯爵』は、ポーチのなかから最後の擲弾を取り出す。疲労から指が震え、グレネードを取り落とす。キャスケット帽の下でため息を吐く。

「我輩も若くはない、ということかね」

 甲高い音を立てながら、グレネードは階段を転がり落ちていく。『伯爵』は立ちあがり、擲弾のあとを追う。その動作が、逆に幸いする。

──ズドオォンッ!

 カイゼル髭の伊達男の背後で、爆音が反響し、隔壁がひしゃげながら破裂する。『伯爵』は、とっさに天然洞窟の岩肌に身を伏せる。

「工作兵の心得のある人間はいないのかね? 炸薬の量が多すぎだろう!!」

 爆煙と土埃の向こうに、複数の人影が見える。スモークグレネードまでの距離を確認する。遠い。『伯爵』は回収をあきらめ、立ちあがる。

 階段のうえに現れたのは、三人のパワードスーツ甲冑兵だ。コンバットナイフを構える元エージェントに対して、アサルトライフルの銃口が向けられる。

 あの中世鎧がセフィロト社のコンバットスーツをベースとしているのならば、複合セラミック装甲が採用されているはずだ。

「……このシチュエーションであれば、前面に重装甲のものを置くのはセオリーであるが」

 険しげな表情を浮かべながら、『伯爵』はつぶやく。高速振動剣ならばともかく、手持ちのコンバットナイフでは装甲を貫くことはできまい。

「侵入者め、武器を捨てろ! 動くな!!」

「征騎士アルフレッド殿はどうした!?」

「抵抗は無意味だと言っている! 撃つぞ!!」

 パワードスーツ甲冑兵が、『伯爵』の思案をさえぎるように次々とわめき立てる。

「練度は、甘いかね……?」

 キャスケット帽の伊達男は、率直な感想を口にする。セフィロト企業軍の兵士であれば、無警告で射殺するが、ます無力化してから尋問する。

 血だまりのうえに倒れ伏す白タキシードの男を認めた甲冑兵たちは、激高したかのようにフルオート射撃を放つ。

 パワーアシストインナーを起動し、地下空間の闇にまぎれるように『伯爵』は疾走して射線をかわす。相手の照準も、装備に比して精密性に欠ける。

「やはり、グラトニア・レジスタンスの連中だと考えるのが、妥当であるかね……どうやって次元転移したかは、未だ疑問であるが」

 暗黒空間のなかを駆け続けながら、『伯爵』は隙をうかがう。アサルトライフルの着弾点が、元エージェントの足跡を追う。

 とはいえ、決定的に不利な状況であることは変わりない。前衛の甲冑兵の背後には、無数の警備兵たちが控えているはずだ。

「数の差ばかりは、如何ともしがたい……かね?」

 キャスケット帽の伊達男は、苦々しく口元をゆがめる。と、唐突にフルオート射撃が止む。『伯爵』は足を止め、様子をうかがう。

 後衛の兵士たちのものと思しき、どよめきが耳に届く。甲冑兵たちは『伯爵』に注意を向けつつも、しきりに通路側を気にしている。

──ギャルギャルギャル……

 兵士たちのざわめきに混じり、徐々に近づいていくる重厚な駆動音が、わずかだがしっかりと『伯爵』にも聞き取れた。

【戦車】

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