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【第2部8章】星を見た塔 (10/16)【忠誠】

【目次】

【騎士】

「斬り刻めッ! 『光塵乱舞<ダスト・ダスト・リフレクション>』!!」

 征騎士アルフレッドは、右手の内に生成した光の短剣を投擲する。眼前の『伯爵』に対してではなく、真横に向かってだ。

 能力者の手のひらを離れた瞬間、輝きの刃は光条へと変じる。周辺空間の散布された塵状の反射ミラーが、レーザーと化した短剣を乱反射する。

「……ふむ」

 呼吸を整えながら待ち受けるキャスケット帽の伊達男の周囲を、まばゆいラインが包囲する。致死的な光線の封鎖網は、敵を八つ裂きにせん、と迫り来る。

「フン──ッ」

 大きく息を吐いた『伯爵』は、前方に向かって軽やかにステップする。刹那、元エージェントがいた場所をレーザーがすり抜けていく。

 キャスケット帽の伊達男の身はおろか、その衣服にも傷ひとつついていない。驚愕する白タキシードの男をまえに、『伯爵』の口元はにやりと笑う。

「なぜ当たらない、とでも言いたげかね?」

「おのれ……ッ!」

 征騎士アルフレッドは光の短剣を再現出から投擲し、あらためてレーザー攻撃を放つ。今度は、目標の胴体を横なぎに両断するような軌跡を描く。

「ふむ。考えなしに、同じ手を繰り返すのは感心しない」

 セフィロト社の元エージェントは、あらかじめ光条の来る方向がわかっていたかのように、大きく身を屈める。

 背中をかすめるように収束光線を回避しながら、『伯爵』は相手との間合いをさらに詰める。キャスケット帽の下で、狩りに臨む猛禽のごとく双眸がにらむ。

「なぜなんだ……どうして当たらないッ! かすりもしない!?」

 白いタキシードの若者は、次なる光の短剣を作り出しつつ、わめく。カイゼル髭の伊達男は、小さく息を吐く。

「単純な話であることかね。貴公の視線の先と筋肉の動きを見れば、だいたい攻撃の照準は予測できる。繰り返すのならば、パターンも読めてくる」

 さも当然のことであるかのように、『伯爵』は告げる。征騎士アルフレッドは、その顔に焦りの色を隠せない。

 光の短剣を投げつけようと腕を振りかぶる白タキシードの男の懐に、地面すれすれから潜りこむような動きで元エージェントが踏みこんでくる。

「フンッ!」

「……あえガッ!?」

 コンバットナイフの柄尻を、『伯爵』はアルフレッドの右肘に叩きつける。腕をはじかれ、投擲動作が中断させられる。

「光の短剣を生成するのに一秒、投擲動作に一秒、さらに照準をつけるのを急いでも一秒……貴公の能力の発動まで、およそ三秒かかるかね」

「それが……なんなんだッ! なにが言いたい!?」

「貴公のシフターズ・エフェクトの真価は、中距離戦でこそ発揮されるということだ。三秒という時間は、ゼロレンジでは悠長に過ぎ、致命的な隙となる」

「……おのれッ!」

 征騎士アルフレッドは投擲によるレーザー射撃をあきらめ、光の短剣で直接『伯爵』に斬りかかる。輝く軌跡が、カイゼル髭の伊達男の首筋を狙う。

「フンッ!」

「へ、あ……ッ!?」

 元エージェントは左肘を相手の右手首に打ちつけ、斬撃の軌道をそらす。光刃の輝跡が、むなしく空を切る。

「この距離まで踏みこめば、あとは純粋な身体<フィジカ>の勝負となる。貴公、我輩に対する勝算があるかね?」

「それなら、ここで超えてみせるだけなんだ……名誉あるグラトニア征騎士として! セフィロト社のスーパーエージェントである『伯爵』をッ!!」

 白タキシードの若者は、崩れかけた体勢をどうにか立てなおす。いけ好かない伊達男を、光の短剣で逆袈裟に斬り伏せようと右腕を振るう。

「敢えて言わせてもらおうかね。我輩は、ただ他人よりも長く戦闘に身を投じていただけだ。それゆえ……一朝一夕で超えることは、不可能だ!」

 相手の攻撃をかわそうとはせず、『伯爵』はあえてさらに踏みこむ。右手の内でコンバットナイフを回転させ、逆手に持ちかえる。

「フン──ッ!」

 グリップのボトムに左手を添えた『伯爵』の刃が、全体重と勢いを乗せて征騎士の心臓を刺し貫く。アルフレッドの斬撃よりも、速い。

「へ、あ……あえ、ガッ!?」

 白いタキシードが、胸元から見る間に赤く染まっていく。若者は小さくせきこんだかと思うと、鮮血を吐く。手の内で光の短剣が、輝く粒となり、消滅していく。

 ゆっくりとした動作で『伯爵』は血塗られたコンバットナイフを引き抜く。征騎士アルフレッドは目を見開きながら、うつ伏せに倒れていく。

「ほ、ゲぇ……ぃ、偉大なる、グラー帝、へ、ぁ……万歳ッ!」

 岩肌に背が触れると同時に、赤く染まったタキシードの若者は絶叫し、そのまま
事切れる。

「グラー帝……? ふむ、それが貴公の仕える君主の名前かね」

 右手に握るコンバットナイフの先端から血をしたたらせつつ、『伯爵』は息絶えた敵に対して声をかける。

 グラトニアの人間が強い民族意識を持っていることは、『伯爵』もよく知っている。企業植民地として支配していたセフィロト社への反発も強い。

 かつてレジスタンスの鎮圧任務に参加したこともあるセフィロト社の元エージェントには、よくわかっていることだ。

「しかし、だ」

 グラー帝──今際のきわに、若者は確かにそう言った。『伯爵』にとって聞いたことのない名前だった。

 セフィロト社も敵であるグラトニア・レジスタンスのことは、当然、徹底的に調べあげている。にも関わらず、だ。

「──ふむ?」

 階段のうえ、廊下の向こうに反響する無数の足音を『伯爵』は聞きとる。キャスケット帽の下で、しまった、という表情を浮かべる。

 陽動で誘い出された警備兵たちが戻ってきたか、あるいは征騎士アルフレッドが召集していたのかもしれない。

「悠長だったのは、我輩のほうだったかね……少々、時間をかけすぎた」

 この地下空間は『塔』の袋小路だ。このままでは、無数の兵士たちに追いつめられる形となる。単騎の『伯爵』にとって、不利きわまりない。

「……これも、貴公の策のひとつかね?」

 キャスケット帽の伊達男は、物言わぬ死体となった白いタキシードの若者を一瞥すると、隔壁に向かって階段を駆けのぼる。

 はっきりと識別できるほどに近づいている足音を聞きながら、大型扉のコンソールパネルと自身の携帯端末を直結する。

 T字路を曲がり、サブマシンガンの銃口をあげる警備兵と視線が重なる。重い音を立てながら、ゆっくりと隔壁はしまり始めた。

【袋道】

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