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【第2部8章】星を見た塔 (12/16)【戦車】

【目次】

【袋道】

「なんの音だあッ!?」

 三人のパワードスーツ甲冑兵の一人が、背後を振りあおいで声をあげる。

──ドゴォンッ!

「ぬあガ──ッ!!」

 通路に炸裂音が反響する。犠牲になったと思しき警備兵の悲鳴が、複数混じる。敵後衛の混乱の度合いが、急速に増していく

「なにが起こっているか、聞いているぅ!!」

「わ、わかりません……アレが、こんな深部まで入ってこられるわけがないッ!」

「アレ、とはなにか! 報告しろぉ!!」

 混乱を見あげる『伯爵』の耳に、複数のサブマシンガンの発砲音が響く。なにを相手にしているかわからないが、彼らは廊下側へとフルオート射撃を継続している。

──ギャルギャルギャル……ッ!

 通路を反響して聞こえてくる駆動音は、サブマシンガンの一斉射撃を意に介する様子もなく、少しずつだが確実にこちらに向かって近づいてくる。

 敵兵の注意はそちらに向き、見るからに狼狽している。後衛はもちろん、侵入者に対峙する甲冑兵たちも例外ではない。

「ふむ、好機……ッ!」

 爆破された隔壁正面に陣取るパワードスーツ兵に向かって、『伯爵』は全速力で疾駆する。後衛の混乱に気を取られていた甲冑兵は、反応が遅れる。

 大きく跳躍して階段を一足で飛び越えた元エージェントは、背を向けていたパワードスーツ兵のゼロレンジにまで入りこむ。タックルを喰らわせ、相手の体勢を崩す。

「うぐは!?」

「……フンッ!」

 冷たい複合セラミック装甲に身を密着させたまま、コンバットナイフを逆手に握る『伯爵』の右手が振りあげられる。全身鎧の隙間を狙って、突きおろす。

「ぶァが……ッ!」

 高硬度合金の刃が首筋に深々と穿ち刺さり、鮮血が噴き出して周囲に赤い染みを巻き散らす。天然洞窟に、重装兵の断末魔が反響する。

 残り二人の甲冑兵が、元エージェントの強襲に気がつく。ナイフを引き抜き、回収する余裕はない。代わりに『伯爵』は、アサルトライフルを奪いとる。

「我輩、銃火器の扱いは不得手であるのだがッ!」

 パワードスーツの出力にものを言わせて敵を組み伏せようと、全身鎧の兵士が肉薄し、右腕を伸ばす。膂力を増幅するモーターの駆動音が聞こえる。

 元エージェントは腰を落としつつ、相手のほうへと向き直る。重装兵の右手が自分の頭をつかむ寸前、奪った火器の銃口を鎧の腹部に突きつける。

 ゼロレンジの状態で、『伯爵』はアサルトライフルのトリガーを引く。銃口から吐き出される無数の鉄の礫を、複合セラミック装甲にフルオートで叩きこむ。

「アががががッ! グぎゃあァァ……!?」

 セフィロト社性の複合セラミック装甲は、至近距離での無数の被弾を耐える。だが貫通せずとも、運動エネルギーまで消滅させられるわけではない。

 密着状態でのアサルトライフルのフルオート射撃を受け止めたパワードスーツ兵は、一瞬よろめき、そのまま背後に向かって吹き飛ばされる。

 脚がもつれて体勢を崩すと、もう一人の甲冑兵を巻きこみながら転倒する。二人はもみあいながら、コンクリートの階段を洞窟の岩の地面へと転がり落ちていく。

 パワードスーツ兵にとどめを刺す余裕はないが、当座の無力化には十分だろう。『伯爵』は、隔壁の向こう、通路側へと視線を移す。

 隔壁の影からのぞく元エージェントに気を配る余裕もなく、軽装の兵士たちはT字路の角を遮蔽にしてサブマシンガンを撃ちこんでいる。

 通路の向こう側にいる何者かと激しい撃ちあいとなっていることが、『伯爵』にも一目で見て取れる。

「……ぎゃンッ!?」

 軽装兵の一人の頭部が、噴き飛んだ。通路側からはサブマシンガンとは異なる、より重厚な機銃の掃射音が聞こえてくる。

 床には、爆発に巻きこまれたと思しき無惨な死体が複数転がっている。ギャルギャル、と迫り来る駆動音は、もはやはっきりと聞き取れる。

「ふむ、何者かと判断できる材料は少ないが……敵の敵は味方、と判断してもかまわないものかね?」

 アサルトライフルを構えつつ、『伯爵』は自問する。ここから攻撃すれば、ちょうど敵兵たちを挟撃する形になるが……

『フタを開けて見れば、どうってことのない腑抜けどもだ! 余計な気遣いは必要ないな!!』

 キャスケット帽の伊達男の思考を見透かしたかのように、拡声器越しに聞き覚えのあるしわがれた女性の声が響く。

『おまえさんは、伏せてな! 色男!!』

 老婦人の声に従って、『伯爵』はひしゃげた隔壁の影に身を伏せる。視界が制限される寸前、駆動音を響かせながらT字路をなにかが曲がってくる。

 敵兵たちが慌てふためきサブマシンガンの弾丸をまき散らすなか、キャスケット帽の伊達男は頼れる援軍の正体を確かに見定める。

 交差路には、真紅に染められた装甲を持つ奇矯なカラーリングの重車両が通路の照明に照らし出されていた。

 アストランの有力戦車団『ドミンゴ』団における、フラグシップ。頭領マム・ブランカの愛車、『スカーレット・ディンゴ』

 轟音とともに、大口径の滑空砲から弾丸が発射される。通路の壁面に着弾した榴弾は、残存兵を爆発のなかに巻きこみ、吹き飛ばした。

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